首長の教育への介入を許してはならない

 

 

 地方教育行政法(正式には『地方教育行政の組織及び運営に関する法律』)の一部「改正」案が、今年(2014)5月20日に衆議院を通過、いま参議院で審議が継続されています。それは、これまでの教育委員会制度を大幅に改編し、都道府県知事、あるいは市町村長の教育への介入を法的に容認するものと言わざるをえません。
 第一次安倍政権が教育基本法を改悪したのは2006年12月。雌伏の期間をへて第二次政権では、その具体化に向けて教育再生実行会議を立ち上げ、「いじめ」『地方の教育行政』「大学教育」「高校・大学の接続と大学入試」についての提言を打ち出すなど着々と準備をすすめてきたといえるでしょう。そしていま、大津市のいじめ自殺事件であらわになった市教委の不適切な対応を口実に、教育委員会を各地自治体首長のコントロール下に置こうというのです。これが教育の政治からの独立性、中立性を脅かすのは言うまでもありません。


  首長が教育長を任命するとは


 戦前の教育のあり方を反省して、教育は国の指示によるのではなく、地方自治にもとづき、しかも政治から独立して行われるようにとの考えから、公選制教育委員会制度が、1948年に設けられました。
 その後。地方自治体の首長による教育委員の任命制に変わりましたが、それでも制度としては、複数の非常勤の委員による合議制は維持されてきたのです。そして教育委員会の委員長は互選で決められ、教委の実務を担う事務局を統括する教育長(常勤、教育委員を兼ねる)は、教育委員会によって任命されるという仕組みになっていました。つまり、教育長は、事務局の責任者にすぎなかったのです。
 その教育長を各自治体の首長が、直接任命、罷免できるようにしようというのが、今国会で審議されている地方教育行政法一部『改正』案です。
 「第四条 新教育長は当骸地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育行政に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する。」
 さらには、教育委員長は置かず、「新教育長は、教育委員会の会務を総理し、教育委員会を代表する」とされています。つまり、教育委員長と教育長を一体化させ、教育長に権限を集中しようというのです。そのため「新教育長」と呼称も替えられました。
 すると教育委員会は、どのような立楊に置かれることになるのでしょう。それは実質、教育長の諮問機関にすぎなくなってしまうということに他なりません。下村博文文科相は、
 「執行機関は二つ、首長は予算。教委は人事や教科書選定」(『朝日新聞』、2014・5・21)と国会答弁していますが、いずれにしても、首長が教育長を任命できることから、首長の教育への関与が強まることは否めません。これでいったい教育の政治からの独立性一貫性は担保されるのでしょうか。


  総合教育会議を首長が主催


 そればかりではありません。地方公共団体の長は、教育基本法の基本的な方針を参酌して、「その地城の実情に応じ、当該地方公共団体の教育、的な施策の大綱を定める」(第一条の三)とされているのです。そのために、首長は、教育委員会と首長で構成する総合教育会議を設置するものとされています。招集するのは首長です。
 そこで協議される内容は、「教育を行うための諸条件の整備その他の地域の実情に応じた、教育、学術及び文化」の振興をはかるための「重点的に講ずべき施策」や「児童、生徒の生命又は身体に現に被害が生じ、又はまさに生じるおそれがある」場合の緊急措置というのです。しかも、いったん決まってしまえば、教育委員会はこれに拘束されることになってしまいます。
 新聞報道などによれば、首長は、「学力調査の点数を何点上げるように」とか「全員に君が代を歌わせて」などと教委の領分に踏み込む提案を自由に行え、大綱に書き込むこともできるといいます。これでは教育行政の独立性、中立性が保障されるとは到底いえるものではありせん。
 また、地方公共団体の首長は、選挙があれば当然ながら代わることもあるでしょう。そのたぴに教育についての大綱が変わるのであれば、教育行政の一貫性もおぼつかなくなってしまいます。
 こうした事態は、その実、教育基本法改悪の際にすでに準備されていたのでした。46年教育基本法では、「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し、直接責任を負って」行わなければならないとあり、主権在民と教育の独立性を強く意識したものになっていました。それが、改悪法では、「教育は不当な支配に服することなく、この法律および、他の法律の定めるところにより行わるべきものであり」、そのため「教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互協力の下、公正かつ適切に行われなければならない」とされたのです。個々の教師が行う教育が、国民全体への奉仕から、行政主導へと転換させられたといえるでしょう。今回の地方教育行政法一部「改正」案が、改悪教育基本法の具体化といわれるゆえんです。


  首長が教育に介入すると

 このような首長による教育行政への介入は、すでに各地で散見されるところです。とりわけ大阪府・市で2012年に策定された教育行政基本条例には、今回の地方教育行政法一部「改正」案で登場した「総合的な施策の大綱」とよく似た「教育振興基本計画」案を、首長と教育委員会で協議してつくるとしています。首長と教委との連携強化を謳うこの条例は、教萎への首長の権限強化をねらう政府方針の先取りに他なりません。
 そして、さらに大阪市立学校活性化条例を見ると、校長の公募もふくめ学校運営についても細かく指示する内容となっているのです。
 また、昨年(2013)、静岡県では全国学カテストの結果公表をめぐって、川勝平太知事と県教委が対立。校長名の公表を迫った知事に県教委は、「実施要領が学校名公表を認めていない。校長名も同じ」として拒んだのですが、知事が押し切り、上位86校の校長名が公表されたのです。佐賀県武雄市でも、同じような例が報告されています。
 さらには、大阪府泉佐野市では、今年(2014)1月、「差別的な表現」を問題視した市長の意向に沿い、教育長が漫画『はだしのゲン』を小中学校の図書室から回収していました。同市でも、教育行政基本条例があり、教育長はこれを「意識していた」といいます。そのうえ市長は、『読んだ子を特定して個別指導すべきだ』としたのですが、校長会はこれを拒否J市教委は、協議のうえ3月になって、ようやく「差別的表現に配慮する」ことを条件に返却したというのです(『朝日新聞』2014・5・29)。地方教育行政法一部「改正」案が国会を通過すれば、こうしたケースが、全国各地で出来(しゅったい)しかねません。
 教育は多様な人格を育成する営みといえるでしょう。だからこそ、国民それぞれのさまざまな論議が求められ、それを教育行政に反映させることが望まれるのです。各地自治体の首長の意向によって教育が左右されるような事態は、百害あって一利なしといわねばなりません。このような地方教育行政法一部「改正」案を廃案に追い込む運動こそ、いま求められているのです。

 

6月6日 

 宮永 潔