障害児教育に新たな差別を持ち込むのか                                        −教育再生実行会議「第九次提言」を読む

 今年(2016)5月20日、安倍首相直属の政府機関である教育再生実行会議は、「全ての子供たちの能力を伸ばし可能性を開花させる教育へ」と銘打った「第九次提言」を公表しました。

 それはこれまで以上に子どもたちの学力格差を助長し、さらには障害児教育に新たな差別=能力主義を持ちこむものに他なりません。

 第一次安倍政権が教育基本法を改悪しだのは2006年12月。雌伏の期間をへて第二次政権では、その具体化に向けて教育再生実行会議を立ち上げ、「いじめ」「道徳の教科化」「地方の教育行政」「大学教育」「高校・大学の接続と大学入試」など矢継ぎ早に提言を打ち出し、着々と準備をすすめてきたといえるでしょう。

 しかも、それが文科省の諮問機関である中央教育審議会の答申を経て、順次法制化されているのです。

 

 第九次提言の求める人間像とは

 

 今回の提言では、「従来の工業中心の時代から、情報・知識が成長を支える時代に入り情報通信技術をはじめとする科学技術の発展や急速なグローバル化は、社会の在り方に劇的な変化をもたらしてい」るとして、近い将来「現在人間が行っている様々な仕事が機械により代替えされると予想される」といいます。

 そのうえで、「このような情報化時代においては、人間にとって、コンピュータや機械で置き換えることのできない志、創造性、感性等が一層重要にな」るというのです。

 そして、ひとりひとりが多様な個性や能力を発揮し、新たな価値を創造したり、そうした能力を活かすことができる「多様性(ダイバーシティ)」に富んだ社会を築いていくことが、社会発展の原動力として不可欠としています

 ここに見られるのは今日の企業社会の求める人間像以外でなく、そうした方向での人材育成こそが教育の課題とされているのです。そして、ここでの具体的提言は、いうならば、このような人間像を前提としているといえるでしょう。

 しかし、こうした一方的な要請に応えるいわれは国民の側にはありません。教育というのは、さまざまな知識や経験にもとづいて人格を形成する営みといえますが、それは企業社会の要請といった狭い枠組みにとどまるものではなく、広く開かれたものだからです。

 また、「多様性」に富んだ社会を築くとありますが、子どもに限らず、ひとりひとりの経験が違えば当然ながら人格形成におよぼす影響は違うのは当たり前。そのように、社会は本来多様性に満ちあふれているのです。そうした多様性をお互いに尊重し認め合い、共に生きることがインクルーシブな社会を実現するゆえんともなるといえるでしょう。しかし、ここで言われているのは、後に見るように、いわば横並びの多様性ではなく、能力主義にもとづく縦に序列化された多様性に他ならないのです。

 

 個別カルテを義務付けるって?

 

 具体的提言については、その冒頭に「発達障害など障害のある子供たちへの教育」が挙げられています。そこでは「発達障害を早期に発見し適切な支援につなげるため」「1歳6か月児健診、3歳児健診の結果が就学時健診や就学中の健診にも引き継がれ活用されるよう促す」としているのです。これでは子どもたちを日々成長する存在としてとらえるのではなく、就学以前のある一時期の障害の態様が固定化されたまま引き継がれることになり、特別支援学校に振り分けられかねません。

 そしてさらには、「特別な支援を必要とする子供について、各発達段階を通じ、円滑な情報の共有、引継ぎがなされるよう、国は、乳幼児期から高等学校段階までの各学校等で個別に支援情報に関する資料(個別カルテ(仮称))を作成し、進級、進学、就労の際に」その内容が適切に引き継がれる仕組みを整えるとしているのです。

 しかも、その作成・活用は高等教育段階にもおよび、とりわけ「特別支援学級及び通級による指導の対象となる児童生徒については、個別カルテ(仮称)」の作成を義務化する」というのです。

 これまでも、同種のものとして幼稚園や小中高校の学習指導要領では、個別の指導計画や個別の教育支援計画の作成が言われていました。しかし、今回の個別カルテの役割は、それにとどまるものではありません。それは、この提言の中で「障害のある子供や、集団生活に馴染みにくいために不登校傾向にある子供の中には、何らかの分野で突出した才能を有していたり、適切な支援を受けることによって大きく開花する可能性を秘めた子供もいます」、そのように優れた資質や能力を「公教育の場で最大限に伸ばせるようにすることが重要」だとしているからです。

 同じような内容は、これまでの提言のなかにもしばしば見受けられますが、とりわけ第七次提言ではその点、より率直に述べています。すなわち、発達障害や不登校の子どもたちについて、「その中には、将来、大きく開花する可能性を秘めた、優れた才能を持つ者もおり、こうした子供たちの潜在的な才能を見出して伸ばす取り組みを支援する」としているのです。

 こうして見ると、今回の個別カルテの作成、幼稚園から高等教育、さらには就労までの活用は、こうした取り組みに対する具体的、実践的支援策に他ならず、とりもなおさずそれは、障害児教育の分野に新たな差別=能力主義・選別主義を持ち込むものといえるでしょう。

 

 とくに優れた能力を伸ばす教育

 

 本提言の柱の一つに「特に優れた能力をさらに伸ばす教育、リーダーシップ教育」があります。ここでは個々別々にさまざまな提言がなされていますが、その中から特徴的な方策をいくつか取り出してみましょう。

小学校の高学年での教科担任制や「理数分野等で突出した意欲や能力のある小中学生を対象に、大学・民間団体等が体系的な教育プログラムにより指導を行い、その能力を大きく伸ばすための新たな取り組みを全国各地で実施する」

子どものうちから研究者、芸術家、スポーツ選手、起業家、職人などさまざまな専門家から直接指導を受ける機会を充実する。数学や物理、科学、プログラミングなどの分野に高い関心や能力を持つ生徒のための高度な学習活動を促進するため、高等学校でのこうした分野の部活動などの取り組みを支援する。

将来の国際的な科学技術にかかわる人材を育成するため、先進的な理科教育を実施するスーパーサイエンスハイスクールや国際的に活躍できる人材育成を重点的に行うスーパーグローバルハイスクールのいっそうの推進。また、大学レベルの授業を高校で行い、それを大学進学後に単位として認定する制度の推進。

大学・大学院等への「とび入学」の活用。

 ここに取り出したものはすべてではありませんが、顕著な理数系への傾斜が見て取れます。最近の大学教育の文科系軽視の源もこの辺りにありそうです。とはいえ、ここに見られるのは、徹底したエリート育成のプログラムであり、学力格差をいっそう助長し、子どもたちを選別・序列化するものといわざるをえません。

 総じていうなら、今回の提言は、企業社会の要請する人材育成を基本として、そのなかに障害児をも組み込むものに他なりません。同時にそれは、「できる子」「できない子」の選別をもたらしかねず、新たな差別を持ち込むものといえるでしょう。

 これに対して、広く論議を巻き起こすとともに、こうした方向での法制化を許さない運動が、いまもとめられているのです。

 

 2016年9月29日     宮永 潔