阿部流「教育再生」は、改悪教育基本法そのものだ

 

 今年(20131月、首相直属の政府機関として、教育再生実行会議が設置されました。教育改革を掲げて第一次安倍政権が登場したのは20069月末のことでした。直後の10月には早くも首相の私的諮問機関として教育再生会議が設置され、12月には教育基本法が改悪されたのです。同じような名称でまぎらわしいのですが、今回の教育再生実行会議は、まさにその名称が示すように、改悪教育基本法を実質化させようとするものに他なりません。安倍首相が、雌伏(しふく)の期間を経て、いま満を持して安倍流「教育再生」を完成させようとしているのです。

 

 教育基本法改悪とは

 

 あらためて、改悪教育基本法をふり返ってみましょう。

 改悪法第2条は、徳目まがいの十数箇の一覧表を掲げています。とりわけ、日本の「伝統と文化を尊重し」「わが国と郷土を愛する態度を養う」としているところが注目されたのでした。「従軍慰安婦」の問題をはじめ、かっての侵略戦争を「自存自衛」の戦争として肯定するような愛国心を国民に押し付けるものに他なりません。

 また、「教育の機会均等条項」(第3条)は、47年教育基本法では「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける」とされていたのが、「能力に応じた」とされました。それぞれの能力を固定的にとらえ、競争原理に基づいて、ひとりひとりを序列化し、企業社会が求めるエリートを養成しようというのです。

 さらには、「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って」行なわれなければならないとあったのが、「教育は、不当な支配に服することなくこの法律および、他の法律の定めるところにより行わるべきものであり」、そのため「教育行政」が、「公正かつ適切に行われなければならない」としています。個々の教師がおこなう教育を〝国民全体への奉仕〟から、〝行政主導〟へと転換させたことが注目されるところです。

 このような改悪教育基本法を実質化するための政策が、安倍政権によっていま矢継ぎ早に打ち出されようとしているのです。

 

 自民党教育再生実行本部

      「中間報告」を見る

 

 昨年9月、安倍自民党総裁が誕生すると、その直後の10月には総裁直属の「教育再生実行本部」が設置されました。毎週会議が開かれるなど、急ピッチで論議がすすめられたといいます。1116日には、早くも「中間まとめ」が発表されました。そして、その提言の多くは、昨年12月に行なわれた総選挙に際して、自民党の公約に取りいれられたのでした。安倍首相の経済政策が「アべノミクス」と称されるのに対して、教育については「アべ」と「エデュケーション」をひっかけて「アべデュケーション」などといわれ始めていますが、この「中間まとめ」こそ、そのアベデュケーションの主柱をなすものといえるでしょう。

 では、その「中間まとめ」とは、どのようなものか。

 まず、「子どもの成長に応じた柔軟な教育システムヘ」として、現行の6334制の見直しにより「平成の学制大改革」を行なうとしています。多様な選択を可能にするというのですが、つまりはとび級制度を導入してエリートを養成しようということに他なりません。

 それは、「質・量ともに世界トップレベルの大学強化などを行う」とした政策に、はっきりと表れています。高校在学中から、何度も挑戦できる達成度テストを創設するなど、大学入試を大幅に変えるとしているからです。

 また、「いじめ問題でも露呈した現行の無責任な教育行政システムを是正する」としています。いま多くの国民が関心をもつ「いじめ問題」を利用して、地方自治体の首長が任命権をもつ教育長を、教育委員会の責任者にしようというのです。

 戦後、教育委員会公選制により、地域の実態に即した教育がめざされました。その後、地方自治体の首長による教育委員の任命制に変わりましたが、それでも制度としては、複数の非常勤の委員による合議制は維持されてきたのです。つまり教育長は、教育委員会の事務局の責任者でしかありませんでした。ところがその教育長が責任者になれば、首長の悉意的な教育政策がそのまま教育委員会の政策になりかねないといえるでしょう。首長が代わるたびに政策が変わるのでは、そのつど翻弄されるのは子どもたちや学校です。

 さらに大きな問題は、「子供たちに日本の伝統文化に誇りを持てる教科書を」としていることがあげられます。教育基本法が「改正」され、新しい学習指導要領が定められたのに、いまだに自虐史観や偏向した記述の教科書が多いとして、「教科書検定基準」を抜本的に見直すとしているのです。しかも、第二次世界大戦で侵略したアジア諸国に配慮して設けられた「近隣諸国条項」も見直すというのです。これらの提言が、先に見た改悪教育基本法の具体化であることはいうまでもないでしょう。

 

 教育再生実行会議の提言

 「いじめ問題等への対応について」

 

 今年(2013226日、教育再生実行会議は、「いじめ問題等への対応について(第一次提言)」を発表しました。ここにも、自民党教育再生実行本部「中間まとめ」の考えが、色濃く表れているのです。

 その柱のひとつに、「道徳教育の教科化」があげられています。もちろん交通道徳のように、それを守らなければ重大な事故に遭遇しかねないということはあるでしょう。しかし、道徳観というのは、家庭やその個人が属する集団によって異なることもあり、むしろ多様な価値観への寛容こそが求められる領域です。それが教科化され、価値観が「右へならへ」というように一律化されることで、かえつて「いじめ問題」に名を借りて、「愛国心」の洒養という方向に収赦されるのではないかと危倶されます。

 もうひとつの柱は、「社会総がかりでいじめに対峠していくための法律の制定」です。自民党教育再生実行本部の「中間まとめ」では、「いじめ防止対策基本法」とされていました。

 しかし、いま日常化している「いじめ」は、報道されているような犯罪に該当する特別な場合を除けば、「からかいや冷やかし」、「遊ぶふりをしてたたいたり蹴ったりする」、「仲間外れや集団により無視される」といったものが大半で、そのことは、文科省も認めているところです。法が制定されたからといって、こうした「いじめ」がなくなるという保障はどこにもありません。人が集まるところ、何となくウマが合わないということはいくらでもあります。そこの処理いかんによって差別意識が形づくられ、「いじめ」につながることもあるからです。

 さらには、「学校、家庭、地域、全ての関係者が一丸となって、いじめに向き合う責任のある体制を築く」といいます。しかし、その実態は、加害児童・生徒への出席停止、警察への通報と連携、第三者的組織による解決というもので、総じていえば、家庭、学校、地域総ぐるみの監視と罰則の強化ということに他なりません。これで「いじめ問題」が解決するといえるのでしょうか。

 そうではなくて、国民に等しく保障された幸福な生活を営む権利を、国民ひとりひとりの心深くまで押し広め、そのような権利感情を培う教育こそ、いま喫緊の課題といわねばなりません。

 こうみてくると、安倍流「教育再生」は、改悪教育基本法の実質化を狙ったものであることは明らかといえるでしょう。これに抗して、今後とも論議を巻き起こすとともに、こういう方向に反対する国民的運動へと発展させることこそがいま求められているのです。

 

宮永 潔