鈴木元啓くんの中学校就学問題

 

 鈴木元啓(もとひろ、知的障害、肢体不自由、車いす使用)くんは、いまさいたま市立ひまわり特別支援学校小学部の6年生に在籍している。そして、学区の芝川小学校にも月一回、交流に通ってきた。しかし、このまま特別支援学校中学部に進級しても、いずれは地域に戻ることになり、地域で生きていくためには、自分でできることは自分でやり、出来ないところを他人に助けてもらうという自立心をいまから育むことが必要ではないか。
 また、たまたま帰り道で出会った交流先の子どもに元啓くんが手を振ると、子どもたちも手を振り返してくれる。とはいえ、月一回の交流では、名前もよく覚えられない。友だち関係をもっと密なものにして、地域の子どもたちと交わらせてやりたい。こうした思いが重なって、中学進学を機にご両親は、特別支援学校中学部ではなく、学区のさいたま市立第二東中学校にある特別支援学級に進学させたいと考えるようになった。そこでご両親はさっそく「実現する会」事務局と相談のうえ11月30日、「障害ある長男の学区中学校就学にかんする要望書」(内容証明郵便)を市教育委員会に提出した。
 しかし、お母さんが話し合いをもとめて市教委に連絡しても、「議会があるから」などとして、なかなか日程が決まらない。ようやく話し合いがもたれたのは12月12日になってのことである。これにはご両親と「実現する会」事務局から山田英造、宮永潔、石川愛子が出席。市教委からは、松井学校教育部指導2課長、内河課長補佐ほか1名が応対した。
 冒頭、この間話し合いが持てず引き伸ばされてきたことについて、「行政の任にある人は公僕であり、市民と話し合うことが仕事ではないのですか」と迫ると、松井課長はその点について陳謝した。そのうえで、内河課長補佐から、「元啓くんの就学については、すでに特別支援学校の校長にも話してあり、第二東中学校の校長にも受け入れますので、しっかりと準備をお願いしますと話してあります。就学先が決まっているので、入学手続きを進めていきたい」との回答である。
 その後ご両親から元啓くんの就学に当たって二つの懸念が示された。今年1月、国連「障害者の権利条約」がわが国でも批准されたが、そこでは必要な人には障害に応じた「合理的配慮」が提供されるべきことが謳われている。そして、それを提供しないこと自体が障害者差別とされているのだ。ご両親の懸念は、まさにそのことに関わってのことである。
 ひとつは元啓くんが、語彙がまだ少なく、早口な面もある。また、校内では杖をついて歩けるが、外では車いすの生活になる。特別支援学級に在籍しながら可能なかぎり通常学級で過ごすには、人的支援もふくめて教育環境・教育資源の整備が必要となるのは当然であろう。「行政の学校設置義務」(学校教育法38条)をふまえて、この点、市教委はどのように考えているのか。
 これについて市教委側は、いま予算案の折衝中なので詳しく言える段階ではないが、元啓くんの実態や、両親の意向を踏まえて適切な配慮を行なつていきたいと答えた。
 そして二つ目は、通常学級で実権される校外学習や修学旅行などについて、さいたま市では、泊をともなう行事や市外への旅行的行事に支援員がついていない場合がみられる。その役割を親にもとめるのは筋違いといわねばならない。これについても市教委は、「さいたま市ではこれまで、付き添ってほしいといったことはない。安心してください」という。
 そこから話は、さらに具体的な学校生活での配慮の問題に移った。通常学級との交流といっても、教科によっては元啓くんが学習についていけない場合もあるだろう。これまでの特別支援学校の生活から、いきなり50分という授業時間を通常学級で過ごすには、たいへんな努力を要することも考慮しなければならない。特別支援学級あるいは通常学級のどちらで主に生活するのか、あるいは様子を見ながら、その割合を勘案していく場合でも、元啓くんが多くの子どもたちのなかに溶けこむためには、当然ながら学校や教師の側の配慮がどうしても不可欠といえる。
 この点、市教委は、「第二東中学校は古くから特別支援学級を置いていて、交流という点では多くの経験を持っている。それを強みにして、入ったからにはみんなと仲よくしてほしいと心より願っている。時間もまず半分からでもいいですし、その場面その場面で考えていくのがいいのでは」と理解を示してくれた。しかし、時間的な制約のため、これについてはこれ以上深めることができず、あらためての機会に譲ることとなった。今後、市教委ならびに学校側との話し合いで、さらに深めたいとご両親は考えている。「実現する会」としても、継続して支援していきたい。
 以下に、参考資料として、ご両親が出された「障害ある長男の学区中学校就学にかんする要望書」を掲載する。
                        (宮永 潔)

 

 障害ある長男の学区中学校就学にかんする要望書

 

 長男の元啓(「もとひろ」と読む。2001年10月1日生、知的障害、肢体不自由、車いす使用)は明年2014年3月、さいたま市立ひまわり特別支援学校小学部を卒業します。
 そこでの学習や生活の様子ならびに将来地域で生きていくことなどを考慮し、最も適した教育環境は、学区のさいたま市立第二東中学校であると判断し、ここに就学させることによって、保護者の「就学させる義務」(学校教育法17条)を果たす所存です。
 具体的には第二東中学校に併設されている特別支援学級に在籍させながら、可能なかぎり通常学級に通っていくことによって、多感な中学時代を健常の子どもたちと一緒に過ごさせてやりたいと考えます。それにつきまして、口頭では意の尽くせぬところもありますので、ここに文書にてお知らせするものです。
 なお、これを提出するのは、入学期日等の通知手続き及び学校指定手続きの遺漏や遅滞をあらかじめ防ぎたいがためのものであり、他意のないことを念のため申し添えます。
  記
一 長男が小学校就学年齢をむかえたとき、就学先としてどこを選択するかについて悩みました。夫婦で話し合った結果、専門的な知識と経験をもつ教職員の指導を受けることによって長男の伸びる力が活かされるものと考え、さいたま市立ひまわり特別支援学校小学部を選択した次第です。
 事実、1年生のときの長男の成長ぶりには目を見張るものがありました。交流学対日についても、県立の特別支援学校とは比較にならないくらいの出だしで、市立の特別支援学校を選んだことにそれなりに満足していました。しかし、特別支援学校での長男の様子をみるたび、その考えがゆらいでいきました。やがて特別支援学校の小学部や中学部、あるいは高等部を卒業し、地域に帰っていくことになります。
 地域で生きていくには、できることは自分でやり、できないところは他人に援助を求めるなどの自立心を小さいうちから育んでおくことが大切ではないでしょうか。ところが現状の特別支援学校において果たしてそのような生きる力が育まれていくのだろうかと疑問を抱くようになってきたのです。
 いまひとつは友だち関係があります。子どもは子ども集団のなかで助けたり、助け合ったりしながら自立心を育んでいきます。息子の明るい元気な笑い声が周りのお友だちを元気にすると先生がたや保護者のかたから伺うことがあります。本人も 「みんながね、ぼくがいないとさびしいなって言ってくれるんだよ」と照れながらも喜んでいます。
 ある日、私宅に帰る道すがら、交流先の学校の子どもたちと出会いました。長男が嬉しそうに手を振ると、みんなもそれに気づいて手をふってくれたのです。元啓は、満面の笑みを浮かべながら、「帰ったら遊べるかな?」とぼつりつぶやきました。その姿をまぢかにみて、お友だちとの関係をもっと密なものにしてやりたいと思ったのでした。
 交流学習の現状を考えると、お友だちと一緒に学び、育ちあうという長男の望みはかなわぬ夢といえましょう。この間、さいたま市立芝川小学校へ交流に通ってきたわけですが、その頻度からいっても、遠くで手をふる子が「芝川小のお友だちだ」とは分かっても、一人ひとりの名前を覚えるところまでには至っていません。結局、交流といっても、いわゆる「お客さん」に過ぎない状況で終わっているのが、現状ではないでしょうか。
 ご承知のように、2012年にさいたま市のノーマライゼーション条例が制定されました。制定の目的のひとつに、「障害のある人が社会の一員として暮らし、社会、経済、文化などのさまざまな活動ができるまちづくりにつながること」が謳われています。「社会の一員として暮らす」とは「地域の一員として暮らす」ことと同義です。それには、幼稚園や保育園、学校といった地域に根ざした学びの場で、障害のある子どもたちと健常の子どもたちが共に生活し、共に学びあうことがどの子にも等しく権利として保障されることが大切なことといえないでしょうか。そのような日々のかかわりあいが、お互いの豊かな人間理解へと発展していくものと確信します。
 (中略)
二 ご承知のように、日本国憲法26条の「教育を受ける権利」は国民固有の権利です。権利と義務は近代社会においてワンセットの規範ですが、ただし権利は義務と一点において異なります。それは義務がその履行を義務的に果たさせられるのにたいし、権利は行使するもしないも、またこれをどういう形で行使するかもふくめて権利主体の選択にゆだねられているということです。つまり、権利は一定の事柄において選択的なのだといえます。
 同様のことは「教育を受ける権利」についてもいえます。つまり、どの教育機関でその権利を行使するか(それは就学先を選択する権利といいかえることができます)をも含んでいるということです。
 ところで、いまだに「盲児は盲学校へ、ろう児はろう学校へ」という偏見があるかに聞きます。学校教育法72条をみてみましょう。ここには、「特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目標とする」とあります。
 この条文は 「特別支援学校の目的」 を明記したものにすぎず、障害児はかならず特別支援学校に就学しなければならないなどというふうに、就学するべき学校を義務づけたものではないのです。
 また、同法75条をみてみますと、ここには、「(前記の)第72条に規定する視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者または病弱者の障害の程度は、政令でこれを定める」とあります。そして、それが学校教育法施行令22条の3に「視覚障害者等の障害の程度」として「表」にまとめられています。これもまた、特別支援学校等が対象とする児童、生徒の障害の種類と程度を示したものにすぎず、この「表」の障害の程度に当てはまる児童・生徒は、かならず特別支援学校に就学しなければならぬという定めではないのです。
 さらに、学校教育法施行令18条の2をひらくと、「市町村の教育委員会は、児童生徒等のうち視覚障害者等について第5条(中略)又は第11条の第1項(中略)の通知をしようとするときは、その保護者及び教育学、医学、心理学その他の障害のある児童生徒等の就学に関する専門的知識を有する者の意見を聴くものとする」とあります。
 この条文は、親の側に「専門的知識を有する者の意見を聴く」義務を課したものではなく(いったい、親以外に障害のあるわが子について専門的知識を有する者がいるでしょうか)、また、市町村教委に就学先を決定する権限があることを定めたものでもありません。そもそも、「教育を受ける権利」が、就学先を選択する権利をふくんでいる以上、そのような文言が政令に書き込まれるはずがないのです。
 また、ご承知のように、日本国憲法は、国民の「教育を受ける権利」を具体的に保障していくために、第一に保護者の側に「就学させる義務」を負わせ、第二に、行政にたいして「学校設置義務」(学校教育法38条)を課しています。
 親の「就学させる義務」とは、権利主体である子ども本人に代わって、親がその権利を行使することをいいます。また、行政の「学校設置義務」とは、その地域の子どもたち一人ひとりの学ぶ権利を満足させるための人的、物的教育資源を整えることをいうのです。
 この義務は、たんに学校というハコモノを造ればいいというのではなく、机や椅子、教科書等々にくわえて、先生や支援貞を公的に配置することなどを意味するについてはいうまでもないことでしょう。
 ところで、市町村教委が「就学指導」と称して、障害児の就学先を「決定」するなどのことがあるかに伺います。また、各市町村教育委員会に諮問機関として「就学指導委員会」が設置され、その「指導・助言」なるものが親の意志を拘束するかのようにもいわれているように聞きます。
 しかし、その「指導・助言」なるものは、法律上、何ら国民を拘束するものではなく、親にはそれを受ける義務もありません。そもそも、国民「全体の奉仕者」である行政が、国民一人ひとりの権利行使の仕方について「指導する」など、あってはならないことなのです。ましてや行政が親に代わって就学先を決めるなどというのは、親(本来的には本人)の権利行使の妨害以外でありません。それは投票や結婚する権利が行政によって指導されるなどのことがありえないのと同義です。三 ご承知のように、わが国は、1994年、国際条約である子どもの権利条約を批准しました。申すまでもなく、この条約は、子どもを「単なる保護の対象から権利の主体へ」と根本的な発想の転換を図ったものです。
 さてこの条約は、18歳未満の障害児の権利についてこう述べています。すべての障害児は、「可能な限り全面的な社会的統合、ならびに、文化的及び精神的発達を含む個人の発達を達成することに貢献する仕方」で教育援助を求めることができる(23条)と。つまり、同条約は、教育的「統合」と個人の発達とを調和的に達成する教育を求める権利を全ての障害児に保障しているのです。
 なお、憲法は、地方自治体をふくむ行政諸機関にたいし、国際条約や国際法規を「誠実に遵守することを必要とする」(98条)と定めています。つまり、子どもの権利条約は、現在、国内法として受容されており、他の法律よりも優先されるべき性質のものなのです。
 (中略)
 付記
 本要望書は、私どももその会員である「障害者の教育権を実現する会」全国事務局(埼玉県さいたま市浦和区常盤9・10・13ライオンズマンション浦和常盤204号)と相談のもとに文書化されたものです。また、同会からは全面的な支援をいただいています。
 なお、この文書は、必要に応じて公開されることを申し添えます。
 2013年11月30日
    (住所略)
                       鈴木伸幸(印)
                       鈴木桃子(印)


さいたま市浦和区常盤6−4−4
さいたま市教育委員会
教育長 稲葉康久様