知る権利こそ民主主義の基礎

 すでに米軍との軍事的一体化を図るための国家安全保障会議は設置された(2013年11月27日)。それとセットとなっているのが特定秘密保護法だ。そのねらいは米軍とのさらなる軍事協力に向けて、知る権利を破壊して公的情報を一元的に統制することにある。この国がどんどん戦争のできる方向へ歩みを進めているのがこわくなる。
 戦前、軍機保護法や治安維持法による締め付けが庶民の生活のすみずみまで覆っていた。こんどの法律は、時代が違えども、これら悪名高い戦前の弾圧法と共通した性格をもつものといえる。障害者の教育権を実現する運動を進めるわたしたちとしても知る権利擁護の観点からこれを見過ごす訳にはいかない。
 同法案は2013年11月26日、自公とみんなの賛成多数で衆院を通過、12月6日には参院で可決、成立した。いずれも審議が十分つくされないまま採決が強行されたものだった。

 

 知る権利は考慮されているか

 

 法案の段階から知る権利、すなわち「集会、結社及び言論、出版その他いっさいの表現の自由」(憲法21条)を奪いかねないとの懸念が指摘されていた。衆院を通過した前日、福島市で地方公聴会がひらかれた。陳述者からは、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)や汚染水などの原発情報が「特定秘密」にされかねないとの意見が相次いだ。福島では原発事故から3年近くたっても14万の人々が自宅に戻ることができず、また、たくさんの人びとが避難できないまま汚染にさらされている。福島の人びとにとって情報の遮断は死活の問題なのだ。
 そもそも公的情報は国民共有の財産であり、政府がそれを秘匿するのは、政府による情報の私物化であって、民主主義の根幹にかかわる重大事といえる。この法律で「特定秘密」とは、「国の安全保障(略)に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの」(第l条)とされている。だが、このあいまいな定義だと、政府が「この情報は特定秘密だよ」と指定するだけで公的情報の秘匿が合法化されていくことであろう。安倍首相は、「まったくその懸念はあたらない。むしろ秘密は限定的になっていく」というのだが、それを保障する文言は法律のどこにも見当たらない。
 戦前の軍機保護法は軍事機密の漏えいを防ぐためのものとして成立し、1937年、日中戦争突入前に大幅に「改正」された。当時の近衛内閣は「危険な運用はしない」といっていたものの、やがて秘密の範囲は拡大され、言論続制法として利用されていった。同じ轍をわたしたちに踏ませようというのか。
 「特定秘密」の指定期間が最長60年と半世紀を超えるのだからおどろく。政府にとつて不都合な情報は半永久的に隠そうというのだろう。当初、その期間は「原則30年」とされていた。しかし、みんなの党との修正協議で、7項目の例外事項が新たに設けられ、これらについては60年間延長できると変更された。7項目といっても項目名が列記されているだけなので、具体的にはどういう公的情報がどの例外事項に振り分けられるのか、それがはっきりしない。それをいいことに都合の悪い情報がすべて例外項目として扱われ、「極秘」という熔印が片端からおされかねない。

 

 厳罰化の意図はどこに

 

 「特定秘密」を扱う公務員がこれを漏らした場合、罰則を最長10年と厳罰化が図られているのも問題だ。民主党との修正協議で同党が罰則を「懲役5年以下」とする対案をしめしたものの、自民党側は「イエス」とはいわなかつた。厳罰化によって公務員が情報提供をためらったり、記者の取材が萎縮したりする雰囲気が生れるのを見越してのことだろう。
 韓国の国家安全保障会議元事務次長の李氏は、「情報漏えいへの処罰が強化されることは、(米国からの)必要な情報の提供とは関係ない」と言いきっていることからも、知る権利の破壊を意図しているのは明らかである。
 処罰の対象が一般の市民にも及んでいることからもそれは明々白々だ。市民が「特定秘密」を得ようとして、㈰あざむき・暴行・脅迫㈪窃取㈫施設侵入㈬不正アクセスなどの行為をすれば最高で懲役10年。共謀や教唆、扇動も処罰の対象とされる。「不正アクセス」というが、何が「特定秘密」になっているかさえも秘匿されるのだから、それが不正かどうか判断しようがない。そこに公的情報の公開を求める社会の流れを遮断しようというどす黒い意図が透けて見える。
 第一、知る権利を保護しようとするなら、強力なチェック機能をもつ政府とは独立した第三者機関を設けるべきではないか。安倍首相は衆院特別委でそこを突かれて、「首相がチェック機関としての役割を果たす」などといいだして、ひんしゆくを買った。
 2009年、西山太吉氏(元毎日新聞記者)他25人によって「沖縄密約情報公開訴訟」が提起されたのをきっかけに、民主党政権は「日米密約調査に関する有識者委員会」を設置した。その1か月後、佐藤発作元首相の私邸から、佐藤=ニクソン共同声明(1969年)における沖縄核密約(有事の場合は沖縄への核兵器の持込みを日本が事実上認める秘密協定)と繊維問題にかんする覚書(秘密合意議事録)が発見された。これらはれっきとした外交文書であり、それを私物化した張本人はほかならぬ当時の首相だつたのである。

 

 世界の潮流に逆行

 

 案づくりの段階で国際的な議論を調べた形跡がまったく見当たらないのも無責任としかいいようがない。2013年6月、「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」(略称、「ツワネ原則」)が南アフリカの都市ツワネで公表された。私的な機関であるとはいえ、国連や欧州安全保障協力機構の関係者、安全保障・人権・法律の専門家多数が加わつていることから、秘密保護法制にかんする国際的な世論を代表するものといえる。
 このツワネ原則は50項目にもおよぶ。その第1原則で「公衆は政府の情報にアクセスする権利を有する」と宣言し、知る権利の最大限の保護をうたっている。
 公的情報にかんする秘匿の範囲については、「防衛計画、兵器開発、諜報機関によって使用される情報源など狭義の分野」に限られるべきだとし、また、秘匿期間については、「必要な期間に限るべきであり、無期限であってはならない」としている。
 「知る権利への制限の必要性を証明するのは政府の責務である」として情報公開の必要性を強調し、ジャーナリストや市民にたいしては、「機密情報にアクセスすることにたいして共謀その他の犯罪で訴追されるべきではない」としている。処罰の対象が市民にも及ばないよう注意を喚起しているのだ。
 さらに、「安全保障セクターには独立した監視機関を設けるべきであり、(略)必要な全ての情報にアクセス可能であるべきである」として「独立した監視機関」の設置を強く求めているのである。
 安倍首相は、この 「ツワネ原則」について「私的機関が発表したものだ」として切り捨てる。この姿勢は知る権利を最大限保護していこうとする国際世論に背を向けるものといわざるをえない。こんどの法律は米国に倣ったものだと強弁しているが、果たしてそうか。
 米国では、公的情報は人民のものとされ、知る権利を徹底し、情報開示を進める方向を鮮明にしている。議会が秘密指定の濫用を審査し、一定の時間がたつと秘密の指定期間が自動的に格下げされ、原則25年で公開される。再び指定するには、政府から独立した情報保全監察局がその妥当性について審査をおこなぅ。場合によっては裁判官が実際の記録に目をとおしてその妥当性を判断する。
 ざあっと見ただけでも、知る権利を保護するために三重、四重にチェックする仕組みが整えられていることがわかる。また、先ごろの米中央情報局のスノーデン元職員による盗聴暴露をきっかけに、米国内で知る権利保護の世論が一気に高まり、国家秘密を少なくし、監督を強める方向で秘密保護法制の見直しが進められている。

 

 廃棄をめざして息の長い運動を

 

 安部首相の根っこにある考え方は、まずは国家ありきなのだ。町村元外相は、「知る権利は担保したが、個人の生存や国家の存立が担保できないというのは、まったく逆転した議論ではないか」と知る権利を足蹴にする。石破幹事長に至っては、法案反対のデモを指して「絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」とブログでぶち上げたというのだからおどろく。知る権利の基盤が整えられてこそ民主主義は成り立つ。この法律を廃棄へ持ちこめるか、一人ひとりの良識がいま問われているといえないか。

               (山田英造)