沖縄米軍基地、オスプレイ、女性暴行

津田 道夫

 

 ああ、またか、それが第一印象だった。しかし、すぐ次の瞬間、強烈な憤怒の感情が内面に突き上げてきた。去る10月16日、深夜から早暁にかけ沖縄県中部で起きた、帰宅途中の20代の飲食店従業員の女性が、二人の米兵に襲われ強姦され傷を負った事件の第一報に接しての私の心的反応であった。私はその被害女性について具体的なことは何も知らないしかし、父もあり母もあり友もありと、固有の人間関係のなかにあって、当然固有名詞もそなえた一人の女性であることへと、想像の翼がただちに拡がっていった。そのことで被害女性の怒り、羞恥、無念の気持ちーー勿論そうした抽象的な言葉では集約しきれない気持ちーーを、俄かに感得しえたからである。

 二人の暴漢米兵は、沖縄県警によると、何れもテキサス州フォークワース海軍航空基地所属の、米海軍上等水兵クリストファー・ブローニング(23)と、米海軍三等兵曹スカイラー・ドジャーウオーカー(23)である(毎日、10・18)。ここに固有名詞を刻みつけるのは、この二人の卑劣漢を戦後史の曝し台に永遠に釘づけにしておこうがためである。

 この事件が米軍垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの沖縄配備で高まった反基地感情に、さらに油をそそいだのは必然の問題に他ならない。

 

 欠陥機オスプレイ

 

 さて、そのオスプレイである。この10月、12機が米軍普天間飛行場(宜野湾市) への配備を完了した。米軍と日本政府の帝国主義的協同の所産である。ところが配備完了の直後から、米軍は150メートル以上で飛行する、垂直離着陸モード(ヘリ・モード)での飛行は米軍施設内に限る、学校や病院をふくむ人口密集地域上空の飛行は避ける、などの日米政府の合意を他所に、傍若無人にこれに違反する飛行を繰り返しているのだ。

 しかも、このオスプレイは、今年(12年)4月にはモロッコで、6月には米フロリダ州で墜落事故を起すといった欠陥機なのである。その原因調査などは、なお最終的に解明されてはいない。

 沖縄の民衆が、そもそもからオスプレイ配備に反対していたのはいうまでもない。しかるに米側の裁量に日本政府は何もいえない状況にある。それはそうだろう。日米合意があつたとはいえ、運用は米側に委ねるしかないのが実情だからだ。 オスプレイの飛行が右合意に反する毎に、政府、とくに森本防衛相は米側に注意を喚起してきた。しかしこれはつねに後だしの注意・抗議に他ならなかつた。

 と、まさにそのような時期である。前述した二人の米兵による沖縄女性の強姦事件が起ったのは。沖縄の怒りが限界点を超えつつあったのに重ねて、この強姦事件が突発したのである。

 

 沖縄での強姦事件の系譜

 

 周知のように沖縄は日本国土のなかで唯一地上戦がたたかわれたところである。戦争だから殺人があるのは、いうまでもない。しかし、これに加えて戦中から米兵による強姦事件は継続していた。それが沖縄返還以後につづいていたのである。そのことで自殺した女性もいたし、髪の色のちがう混血児も生れてきていた。「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」 の調査では、沖縄の本土復帰から2009年までの米兵犯罪検挙数は5634件、そのうち強姦をふくむ凶悪犯罪が562件となっている。しかし、事件発生がカウントされなかつたり、訴えでない被害者の存在を勘案したりすると、この数字の背後で、どれだけの女性が傷つき、泣き寝入りを強いられていたか、想い半ばに過ぎるものがある。「基地・軍隊を許ぎない行動する女たちの会」の宮城晴美によれば、2000年からの約10年間に、その具体相が明かになった米兵による性犯罪には次のようなものがあるという。

(1)2000年7月3日 未明、19歳の海兵隊員がアパートに侵入し、14歳の女子中学生などの体に触るなどの猥奉行為で逮捕される

(2)2001年1月9日 海兵隊伍長が女子高校生のスカートをまくりあげ、カメラで下半身を撮影し逮捕される。

(3)同年6月即日 飲食店から帰宅途中の20代の女性、駐車場で空軍嘉手納基地所属の軍曹に強姦される。

(4)2002年11月2日 帰宅途中の女性、39歳の海兵隊少佐に自宅まで送るよう懇願され、乗用車に乗せたところ車内で襲われる。抵抗したため未遂で難を逃れる。

(5)2003年5月25日 友人らと飲食中の19歳の女性、海兵隊上等兵に店外に連れ出され、民家の路地で殴られたうえ強姦致傷を受ける。

(6)2004年8月22日 20代女性、嘉手納基地で勤務する34歳の米軍属に自宅に侵入され、強姦される(この軍属は98年にも強姦事件を起こしており、余罪で発覚)。

(7)2005年7月3日 27歳の空軍二等軍曹による10歳の少女への強制猥褒事件起る。

(8)2007年10月1日 22歳の飲食店従業員、空軍大佐である母親と同居する21歳の息子に強姦致傷を受ける。

(9)20082月川日 14歳の女子中学生、38歳の海兵隊員に車内で強姦される。

(10)同年2月柑日 22歳のフィリピン人女性、28歳の陸軍兵士にホテルで強姦される。 

 これらは沖縄県警が具体的につかんでいる事件にすぎず、水面下での事件については想像していただく他ない。

 事件が起るたびに米軍は「再発防止」「綱紀粛正」を繰り返すが、県や国もその言葉に甘んじてきた。しかし、こうした事件を押し止めることは出来ていない。その最も根本的な要因は、沖縄が日本と米国の軍事植民地状態にあり、その帝国主義的協同によって、民族差別、女性差別が継続しているということである。

 沖縄出身で高齢の両親は、なおそこに住んでいるという足立区の一女性は、11月7日の朝日「声」らんの投書で、こう書いていた。

 《米軍基地の隣に実家がある。高齢の両親は戸締まりを厳重にし、(沖縄へ帰ると)私にも「気をつけて」 とうるさくいう。私の帰宅を遅くまで起きて待っているのかと思うと、外出もままならない。「明日夜7時よりドームで住民集会があります。集まってください」と町の広報カーがまわっていた。

 沖縄ではオスプレイが日常会話にのぼり、その配備に反対する集会が役場ごとに行なわれている。そのさなかに米兵の集団強姦致傷事件が起きた。命が脅され続けている現実を思い出し、「やっぱり家の前まで送って」と(車に乗せてくれた)友人に頼み直した。

 東京へ戻った後、米兵による事件がまた起きた。今度は中学生をなぐるなどしたという。沖縄のことを心配しない日はない。》(カツコ内は引用者)

 題して「命脅かされつづける故郷・沖縄」とあつた。

 繰り返すが、沖縄に実家があり、両親もいて、本人は東京に生活する一女性のオスプレイ配備完了と、それに重ねる形で惹起された二人の米兵による強姦致傷事件に接しての率直な感慨である。

 ふりかえつて、私をふくむ本土日本人に、「沖縄のことを心配しない日はない」という意識・感情がどれだけあるか。その辺に、沖縄と本土の間に、本土復帰後もなお、実質的に軍事占領下にある沖縄についての感受性に、可成りの温度差が認められないか。私もまた一人の本土日本人として、米国と日本政府による対沖縄の帝国主義的協同のベースに僅かなりとも加担しているのではないか、という感情が突き上げてくる。とすれば、最初の憤怒は、私において羞恥の感情でもある。

                                (12年11月7日)