地域校就学と合理的配慮                           - 権利はしっかり主張しましよう

 

 

   ミャンマーのスーチーさん率い政党が

   軍事政権に圧勝した

 

 わたしたちの市民運動は、障害児一人一人の権利擁護のために、ひいては憲法擁護の闘いに始まったといっても過言ではない。ミャンマーの総選挙をみて、憲法は民主主義の根本をまもるものだということに改めていま、思い到る。日本国憲法、特に9条は世界が求めている。平和憲法と言われる所以もこの9条にある。

 「戦争法廃止! 安倍内閣退陣! 11・19国会正門前集会」の中でアメリカ人(シカゴ大学教員)ノーマフィールドさんが、「……憲法9条のように、形として人類の希望を体現してくれているものが、アメリカ社会にはないのです。日本にはかろうじてある。そういう意味でも絶対に護っていかねばならないもの」(部分)と発言した。戦争法制にあくまでも反対の立場で、日本も軍事的な方向にいくのではないかとの危惧のもと、そうした警鐘を鳴らしたのではなかったか。

 そう、ミャンマーの軍事政権が民主主義的な運動をこれまで抑え込んできたことと重なった。人々の基本的生活を奪い、生きることを権利として認める生存権を抑え込んできた。さらに、人権抑圧をはねのけるための運動を抑え込んできたのだった。民主化運動を指導したアウンサンスーチーさんは自宅に軟禁され、3回にわたり14年間9か月という長期に軍の監視下に置かれた。ミャンマーの軍政下、抑圧された民衆は選挙に夢と希望と自由を託したのだ。

 ミャンマーの選挙でみたものは、国民の信託にこたえる代表制民主主義の下、選挙が正当に行われ、安心して投票ができ、独裁への不安がとりのぞかれるようにしたことだ。選挙が正しくおこなわれるように、日本からも監視団が派遣された。いや全世界から監視団が派遣されていたのだ。そうした緊張状態の中、民主化を叫ぶ人々の、投票を待ち望む姿を私たちはみた。 

 

   軍部軍政を追撃する!

 

 日本の投票率の低さが象徴するような、一票の意味を見失いかけた民主主義への認識の甘さを反省させられる。その結果、「安倍政治を許さない」とか「戦争法制粉砕」とかのスローガンを掲げても、なかなか安倍政治を変えられない現実がある。それは選挙で、安倍政治を選んだということを意味するのだ。いまこそ、民主主義を問い返さねばならないときがきた、と思う。

 民衆一人一人が待ち望んで投票した結果、軍事政権が倒されたというミャンマーの政情はまだまだ険しい。軍政が、過去にスーチーさんの多くの支持者を逮捕し投獄した歴史を忘れてはならない。そして、自宅軟禁などという弾圧をくりかえさせてはならない。そのためにこそ、憲法の精神を実現する方向をみいださなければならないと呼びかけたい。

 ひるがえって、わたしたちは教育問題、子どもの、女性の、高齢者の貧困問題などを解決する方法を憲法の生存権条項からみつめるべきだ。私たちが担ってきた、障害児の学晋保障の権利や介助員要求の権利も、個々のケ−スに応じてたたかいとってこそ、憲法の理念の実現といえるだろう。

 

   日本国憲法9条が世界ヘ

  ノーベル平和賞受賞者でもあるスーチーさんの率いる国民民主連盟(NLD)の大勝利というけれど……。

 11月8日の朝の投票所に並ぶ有権者の列こそが、民主化の伸展を物語る。民主主義を目指す人々の姿、その一票に思いを込める姿が、私に鮮烈な印象を残した。一票の投票の重さは、かけがえのない民主化の一歩を踏み出させる。しかし、1962年からミャンマーを支配してきた軍部は、主要官庁の警護と国境管理、警察権(警察犬なんかじやあないんだよ!)を握っているという。

 日本はいま、「安倍政治をゆるさない!」「戦争法を許さない」を合言葉に戦争への道を許さないたたかいを続け、警察権力と国会議事堂の周辺で向き合っている。

 私たちの権利を主張する闘い、障害者の権利を守るたたかいも、この民主主義のなかでこそ、個人の権利抑圧を覆す闘いと結びついているのである。

 そんな中で、あらためて9条を世界が選びはじめた、ということをかみしめている。さて、ミャンマーの問題に戻るが、開票結果はいまだ公式に出されていない(11月30日現在)。

 待ち望んで選挙をし、開票をまつ人々の顔が映し出されるテレビ映像が印象的だったし、有権者の意思はいままでになく明確だという。投票率は80%前後。だが、ミャンマーの行方に、まだまだ予断は許されない。「最善の結果を期待するが、最悪の事態にも備えている」とスーチーさんも語っている。つまり、「…スーチーと国民民主連盟はこれから、政治・社会・経済の各分野で国中に張り巡らされた軍の影響力を解きほぐすという難題に取り組まなくてはならない」ということだ。軍部は、どんな選挙結果が出ても、権力と、それに伴う利権を手放すことはしないはずだ。

 軍部軍政に抵抗してきたスーチーさんを敬愛する人々がいることにはまちがいないが、よからぬ噂を流し中傷してはぱからない政府系新聞もあると聞く。さらに、憲法で、議会の定員の25%は軍人枠に割り当てられているのだ。(「ニューズウィーク日本版一参考」

 

 日本の実情は、マイナンバー(個人番号)制度で統制化をはかり、国民総活躍の時代とかなんとかの能書きばかりで、保育現場、介護現場からの離職者はあとをたたず、原発労働者には過酷な労働を強いている現実だ。子どもの貧困問題はおろか、大人の就職難や若者の就職難もまだまだ解決策は見いだせない。痩せた政治が、原発再稼働を、沖縄県いじめを繰り返し、強権的な態度をさらに強めるばかりである。だからこそ、憲法9条を希望としてかかげ、市民運動を充実させねばならないと思う。現在のシリア、イラクへの空爆では解決しない問題の山積するなかにあって、「世界が9条を選び始めた」の象徴ともいえる、2008年5月の9条世界会議の決議の次の言葉の重みをかみしめたい。

 「日本国憲法9条は、戦争を放棄し、国際紛争解決の手段として武力による威嚇や武力の行使をしないことを定めるとともに、軍隊や戦力の保持を禁止している。このような9条は単なる日本だけの法規ではない。それは、国際平和メカニズムとして機能し、世界の平和を保つために他の国にもとりいれることができるものである。9条世界会議は、戦争の廃絶をめざして、9条を人類の共有財産として支持する国際運動をつくりあげ、武力によらない平和を地球規模で呼びかける」

私もこの精神で、国会正門前での世界の人々との対話の重要性をこそ、呼びかけたい。

 

 最後に、スーチーさんが髪に挿しているあの白や桃色の鮮やかな花は、再会を果たせずに死別した英国人の夫マイケル・アリスとの間に誕生日に贈り合ったものだそうな。それはどんな約束だったか。「抵抗の証」だという。

 

 

      (2015年12月6日)