支援員の公的配置については最大限努力する

 

 岩井陽介(ようすけ、ダウン症)君は、いま埼玉県蓮田市中央小学校の1年生に在籍している。

 

学校側の想像力欠如

 

 陽介君のご両親は、昨年10月17日、校長、担任との面談の際、陽介君が、教室から出ていくことが多くなったと知らされた。1学期は、「小1問題対応」職員が配置されていたが、2学期からはそれがなくなったからだという。そのうえ、あろうことか、校長から「2学年から特別支援学級に移籍するか、あるいは、学校とともに汗をながしてほしい」とせまられたのである。そのため、翌日以降、お母さんが毎日学校に付き添い、教室移動や体育のときの着替え、学習支援などにあたることになった。生活を犠牲にしての付き添いが、家庭にどれほどの負担を強いるものか、学校側にはその想像力が働かないのだ。

 しかも、11月中旬になり、市教委の教育相談に呼び出された際には、担当指導主事から、2年生でも通常学級を希望するなら「毎日付き添いに来てもらうことになります。お母様まかせにせずに、お父様にも週2日くらいは来てもらいます」といわれたという。

 そのうえ、この間、陽介君が、朝会や体育の時間に一人教室に取り残されることがあったり、授業が始まっても教室に戻っていないなどのことも起きていた。しかし、ここ3か月間にわたり学校に付き添うことでお母さんは、心身ともに疲れ果て、限界にきている。お父さんも仕事を休むわけにはいかない。このままでは、陽介君の学習がおろそかになりかねないと心配されたご両親は、今年(20 13)に入ってすぐに 「実現する会」事務局に相談を持ち込まれたのである。

 

さっそく要望書を作成・提出

 

 そこでさっそく本年1月23日、ご両親は、法的根拠に基づく明確な意志を「知的障害の長男の学ぶ権利を保障するために支援員の速やかな公的配置を求める要望書」(後掲)にまとめ、蓮田市教委に内容証明郵便で提出した。市教委との話し合いがもたれたのは、その翌週、1月29日。ご両親といっしょに、「実現する会」から宮永潔、石川愛子、佐藤努が同席した。市教委からは、高橋学校教育課長、秋永指導主事他2名が応対。

 冒頭、この間陽介君が朝会や体育の授業に参加できなかったことについて、学習は「読み、書き、算」にかぎるものではなく、小学校低学年では、朝会などの多勢のいる場ではどう行動すればいいのかを学ぶことも学習である。まして体育の授業に参加させないなどとは、学習の機会そのものを奪われたということだ。まずは陳謝があってしかるべきだと迫る私たちに、高橋課長は、まことにそのとおりであり、「陳謝し、学校側を指導する」と答えてくれた。

 しかし、順調に話し合いがすすんだのはそこまで。11月の教育相談での、「毎日付き添いに来てもらいます。お父様にも週2日くらいは」云々については、担当指導主事は、そんなことは「言っていない」というではないか。高橋課長も、「そんなことは市教委としてはあってはならないと考えている。だから、そんなことを言うはずがない」というのである。教育相談の時の様子やどのような話の中で言われたのか、細かく様子を説明しても、やはり「言っていない」の一点張り。そのために話し合いは、長時間にわたったが、さしあたり「市教委として、そのようなことは言ってはならないことだと考えている」との確認は得られた。

 

3時間の話し合いの結果は

 

 そのうえで、ご両親は、本年1月31日以降は付き添いをしないと申し入れているので、その後は、市教委の責任で陽介君の学習権の保障をすすめることになるがと水を向けると、市教委として、学校を指導しながら陽介君の学習権を全面的に保障すると、高橋学校教育課長は約束した。そして、支援員の公的配置についても、市教委として最大限努力をするという。

 この点については、3月市議会に支援員配置のための予算を計上している。議会で通過すれば、支援員を配置できる。しかし、支援員の運用は各学校に任されているので、陽介君に配置できるように学校側を指導すると高橋課長は話した。私たちは、これを了として話し合いを終えた。およそ3時間に及ぶ話し合いで確認できたところをまとめると次のようになる。

1 学校生活のなかで陽介君を放置するという不適切な対応があつたことについて、蓮田市教育委員会は、両親に陳謝し、学校側を指導する。

2 保護者に毎日の付き添いを求めたり、父親に毎週2日間も来てほしいなどと言うことは、市教委としてあってはならないことと考えている。保護者のつらい気持ちをフォローできなかったことは、市教委として遺憾であつた。

3 問題を11月に把握してから今日まで事態を放置してきたことについて、市教委として遺憾の意を表明した。

4 保護者から本年1月31日以降は、付き添いはしないとの意志表明があった。

5 1月31日以降については、岩井陽介君の学習権を全面的に保障するため、市教委として責任をもって学校側を指導する。

6 支援員の公的配置については、市教委として最大限の努力をする。

 いずれにしても障害児が地域校で学ぶということは、いまなお親の学校・学習選択権を行使した不断の運動が不可欠だということだ。とくに注目されるのは、学区校での学習保障など、口頭で希望を述べるにとどまらず、たとえば要望書形式にして、その論拠とともに相手側を説得していくのが不可欠であることが、この件を通じて明らかになった、といえよう。

 以下に、ご両親が蓮田市教委に提出した「要望書」の全文を、参考までにかかげたい。

 

                                      宮永 潔

 

 

 

知的障害の長男の学ぶ権利を保障するために
 

支援員の速やかな公的配置を求める要望書

 

 長男の岩井陽介(二〇〇五年一二月一六日生、ダウン症)は、現在蓮田市立中央小学校の第一学年に在籍しています。

 昨二〇一二年四月、学区にあたる同校(通常学級)に就学しました。一学期は「小一問題対応」職員が一名配置されていたのですが、二学期からはその配置がなくなりました。

 十月一七日の校長及び担任との個人面談において、吉野校長は、長男が教室から出ていくことが多くなったとして、「居場所づくりのためにも二学年から特別支援学級へ移籍をするか或は、学校とともに汗を流してほしい」と話しました。

 その翌日以降、毎日、母親が学校で付き添うようになり、今日まで着替え、移動、学習等の支援などを続けてきています。

 しかし、母親はこの約三カ月間の付き添いでかなりの精神的、肉体的な疲労が蓄積しています。また、父親も次年度週二日の休暇を取得できる見込みが立ちませんので、事実上付き添いの継続は困難です。

 長男は現在、学校生活にも慣れクラスメートと過ごす時間が楽しくなってきており、「いま通っている学級(通常学級)へ行きたい」と話しています。

 いっぽう、私ども保護者は、地域の学校で多くの健常児と交わることをとおして生きる力を育ませたいと考えています。したがって、中央小学校(通常学級)に通学させることで親の「就学させる義務」(学校教育法一七条)を果たす所存です。

 私どもは、障害のある長男が子ども時代の多くを過ごす地域の学校で地域の子どもたちと共に過ごし、共に学ぶことが本人の成長にとって必要不可欠な条件であると考えます。

 また、一月三一日をもって付き添いを一切行なわない所存であることをあわせてお伝えします。

 貴職におかれては、長男の学ぶ権利を満足させるために、学校教育法三八粂の学校設置義務条項に則って、速やかに支援員の公的配置を行なうよう求めます。

 なお、今年一月二一日、吉野校長と面談した際、支援員について「岩井さんとして市教委に要望されてもいいんじゃないですか」との校長の発言が本要望を提出するにあたって、私どもの背中を押した一つの要因であることも申し添えておきます。

 記

 一 一般に「盲児は盲学校へ、聾児は聾学校へ」という偏見があるように聞きます。しかし、「教育を受ける」ことが権利である以上、就学先を選択するのは、本来的には「教育を受ける権利」の主体である子どもです。

 ご承知のように、憲法二六条の「教育を受ける権利」は国民固有の権利です。権利と義務は近代社会においてワンセットの規範ですが、両者はつぎの一点において異なっています。すなわち、それは、義務がその履行を義務的に果たさせられるのに対し、権利は行使するもしないも、またこれをどういう形で行使するかも含めて権利主体の選択に委ねられているということです。つまり、権利とは選択的なのです。したがって、「教育を受ける権利」とは、そもそも、就学先を選択する権利を含むものであるといえます。

 このことは、学校教育法七二条を見れば明らかです。ここには、「特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由音叉は病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目標とする」と、「特別支援学校の目的」以外明記されていません。すなわち、障害児は必ず特別支援学校に就学しなければならないなどというふうに、就学するべき学校を義務づけてはいないのです。

 また、この「教育を受ける権利」を具体的に保障していくために、第一に保護者の側に「就学させる義務」が、第二に、行政に、学校設置義務(学校教育法三八条)が課せられています。後者の学校設置義務とは、その地域の子どもたち一人ひとりの学ぶ権利を満足させるための人的、物的教育資源を整えることを意味します。したがって、支援員の配置等の行政上の必要な配慮や支援は、行政側の責任においてなされるべきなのです。

 二 昨二〇一二年二月一二日、貴教委の三浦教育相談員及び担当職員と面談をもちました。そのさい、私どもは、普通学級への就学を継続させる意志を伝えるとともに、「担任の先生は大変よく息子のことを見てくれていますが、支援員が必要と強く感じていますので、ぜひ支援員の配置をお願いしたい」と要望しました。

 それに対し、秋永氏からつぎのような話がありました。

「陽介さん一人に支援員を付けるのは難しいです。二年生になれば三〇人学級対応の先生は付きません。普通学級を希望するのであれば、毎日学校に付き添いに来てもらうことになります。お母様だけに任せっきりにせず、お父様にも週に二日位は来てもらうことになります」。

 また、三浦氏は、「同級生の保護者から、息子さんが教室外に出て行った時に授業が中断されるので困るとの声が寄せられています」と言いました。

 しかし、前述のように、「教育を受ける」ことが権利である以上、親には付き添う義務などは一切ありません。支援員の配置等の人的教育資源を整える義務は貴教委、貴職の側にあるのです。そのことを棚に上げて、障害のある子どもを通常学級に通わせる保護者の側に問題の責任があるかのように言いつくろうのは、いかがなものでしょうか。

 この間、クラスの子どもたちが体育の授業時校庭へ出ているのに、長男一人が教室で取り残されていることがありました。また、体育館での朝会時、長男が一人教室に取り残されていることがありました。あるいは、授業の開始を告げるチャイムが鳴っても長男が教室に戻っていないことなどのこともありました。

 担任は息子に対し大変理解を示してくださっていることについては十分承知をしています。しかし、体育の授業や朝会に参加できないのは長男の学ぶ権利が保障されたことにはならないと考えます。これは障害を理由とした教育上の差別であるのは明らかです。

 子どもにとっての学びとは、「読み、書き、算」という狭い教科のそれに限られるものではなくて、生活そのものが学びなのです。障害のある子どもも、健常の子どもたちも、共に混ざり、かかわりあいながら、互いに刺激を与え合って人間として成長していくのは、この間の統合教育=インクルージョンの経験から明らかです。

 ご承知のように、一九九四年に日本政府が批准した子どもの権利条約は、子どもを単なる保護の対象から権利の主体へと根本的な発想の転換を図った国際条約です。

 その二三条には、一八歳未満のすべての障害児は、「可能な限り全面的な社会的統合、ならびに、文化的及び精神的発達を含む個人の発達を達成することに貢献する仕方」で教育援助を求めることができると謳われています。

 また、三条では、「すべての活動において子どもの最善の利益が第一次的に考えられる」と明記されています。障害児にとっての最善の利益とは、障害にたいする必要な配慮が適切に行なわれることをいいます。その必要な配慮とは、精神的、物質的なそれであるのはいうまでもありません。したがって、障害児童には行政や学校側にたいし、学ぶ権利を満足させるための障害に即した精神的かつ人的、物的な配慮や支援を求める権利があるといえます。

 同条約は国内法として受容されていることから、他の法律より優先されるべきものであるのは申すまでもありません。

 二〇二年に改正障害者基本法が施行されました。その教育条項(一六条)では、国および地方公共団体にたいし、「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮」するよう求めています。この条項において統合教育=インクルシープ教育が障害児だけでなく健常児にとっても権利であることが明文化されたわけですが、とくにご注意いただきたいのは、その権利を満足させるための必要な配慮を社会・公共の側に求めていることです。

 付記

 本要望書は、私どももその会員である「障害者の教育権を実現する会」全国事務局(さいたま市浦和区常盤九の一〇の一三ライオンズマンション浦和常盤二〇四)と相談のもとに文書化されたものであり、全面的な支援をいただいているものです。

 なお、この文書は、必要に応じて公開されることを申し添えます。


 二〇一三年一月二三日

   (住所略)

                                     岩井 宏之

                                     岩井 悦子

蓮田市大字黒浜二七九九番地一

蓮田市教育委員会

教育長 関口 茂 様