-戦後70年、戦争のできる国にさせないために            戦争法案に断固反対する!-「実現する会」事務局声明

  風雲急を告げる

 

 ザッザッザ! ザッザッザ!!
 軍靴の足音がこんなに早くしのびよるとは、私(たち)は思いもよらなかった。迂閉であった。
 自民党の党是が、日本国憲法の全面改定であり、とりわけ第9条を変えて戦争のできる国にしたいことは2012年4月の「日本国憲法改正草案」で承知していた。
 安倍政権は、昨14年7月1日、「集団的自衛権行使の容認」を閣議決定したが、2016年の参議院選挙後に「憲法改正」を発議すると表明していた(15・2・5、産経新聞)。そのためばかりとはいえないにしても、多くの人が来年の16年参議院選で与党議席を3分の2にさせない闘いになるものと考えていた。それが迂閥だった。

 麻生太郎財務相が「ある日、気づいたらワイマール憲法が変わってナチス憲法になっていたんですよ、誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうか」と語って物議をかもしたのが13年7月。
 「自民党副総裁の高村正彦が、『砂川事件』の量尚裁判決を口にし始めたのは、14年の年明けごろ。実はこの半年以上前から、ある秘密の会合で注目されていた。
 その会合は13年春から夏にかけて、東京・内幸町の帝国ホテルで数回開かれた。
 『どうやって内閣法制局の理論武装を崩したらいいのか』」 (朝日デジタル)。
 13年8月安倍政権は、内閣法制局長官を山本庸幸(やまもとつねゆき、現最高裁判事)から小松一郎に替えた。それまでの慣行は、法制局次長が長官に就任していたのだが、この慣行を破り外務省からの異例の抜擢であった。途中から横畠長官に替わったが、こうしたひとつひとつの現れが「集団的自衛権行使容認」の閣議決定への伏線であり、今次「戦争法案」への道を明確に示していた。
 自民党「日本国憲法改正草案」発表以来の助走を経て、昨年7月1日の「集団的自衛権行使容啓の閣議決定、そして今年3月の公明党との「安保法制」にかんする与党合意にたどりついたところから、安倍政権の暴走は一気に加速する。
 それを象徴したのが、今年15年4月末の米国詣でであろう。「日米ガイドライン」(2プラス2)合意と、米上下両院合同会議での「希望の同盟へ」と題する安倍講演であるのはいうまでもない。
安倍は言うI。
 「日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。(略)この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。(略)
 戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます」。
 安倍政権の特質のひとつに、国会で議論すらなされていない日本の大方針を海外で声明する手法があるが、言語道断といわねばならない。
 そして、今年5月14日、自衛隊法など既存10法を「一括して改正」する『平和安全法整備法案』と新設の『国際平和支援法案』を閣議決定し、翌15日に国会に提出した。

 私たち市民には、「個別的自衛権、集団的自衛権」なる用語がどうにもよくなじんでいない。
 先回りして言えば、集団的自衛権とは、戦前の日独伊3国軍事同盟とまったく同質のものである。したがって、これまでの内閣は、個別的自衛権を認めても集団的自衛権は憲法違反として認めてこなかった。集団的自衛権を容認するには、憲法を改正する以外にないとの戦後以来の政府了解だからである。さすがに弁護士出身の高村自民党副総裁もそこから「全面的な集団自衛権行使」の容認を導き出すことは出来ず、「限定的な集団自衛権」なら憲法解釈の範囲内で行使できると強弁する以外になかった。そして量局裁の「砂川判決」に集団自衛権の論拠を求めたのであった。
 だが、憲法学者の長谷部恭男(はせべやすお、早大教授)によればーー。
 「砂川事件の量尚裁判決を根拠に、集団的自衛権の行使が合憲だという主張もなされているが、砂川事件で問題とされたのは日米安全保障条約の合憲性であって、同条約は日本の個別的自衛権とアメリカの集団的自衛権の組み合わせで日本を防衛しようとするものである。
 日本が集団的自衛権を行使しうるか否かは全く(裁判の)争点になっていない」。
 日米安保条約は、米国に日本の防衛h集団的自衛権を課す一方、日本には米軍基地の提供などを求めたものであった。憲法学者が「集団的自衛権行使」に反対する論拠の一つには、砂川事件の量局裁判決を集団的自衛権の容認だとする政府見解にあったのである。

 

 

  立憲政治否定の安倍政権

 

  6月4日、衆議院憲法審査会で「集団的自衛権は憲法違反」である、との憲法学者3人全員の発言が大々的に報道された。
 6月12日、自民党OBの重鎮山崎拓、亀井静香、藤井裕久、武村正義の4人が安保法制反対の会見をする。
  6月22日、安保関連法案を審議する衆院平和安全法制特別委員会では、宮崎礼壹(みやざきれいいち)元内閣法制局長官が関連法案について「従来の憲法解釈 と相いれず、憲法違反だ」と厳しく批判した。また、阪田雅裕(さかたまさひろ)元内閣法制局長官は、法案の内容に理解を示しつつも、政府が想定する中東・ ホルムズ海峡での機雷掃海は「従来の憲法解釈の枠内にはない」と強い疑問を呈したのである。
 内閣法制局は、内閣が「新法」を国会に提出するとき に、憲法に抵触するかどうか判断する機関である。だから内閣とは独立の審査機関「法の番人」と呼ばれてきた。その国の法の番人たる歴代法制局長官歴任者 や、また日本の名だたる憲法学者が、今次『安保法案』に多大なる疑問を呈しているのだ。全国の憲法学者3000人以上が「違憲声明」し、ほかの学者たちも 「安保関連法案に反対」を表明した。6月19日午後3時甕仕、学者5289人が賛同したのも初めてである。

 憲法学者や元内閣法制局長官らがいうところの「立憲主義」の否定とはどういうことか。立憲政治とは、広辞苑によればーー。
 「憲法を基礎として行う政治」とある。つまり、量局法規の憲法に反しない諸法律が作られねばならないということである。ここで憲法の関係条文だけを引用するーー。
 《第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と。武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない》
 《第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の茸一隅で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする》

 この条文をじっくり声に出して読んでほしい。集団的自衛権の行使容認は、それが限定的であろうと憲法「改正」を要するのであり、衆参両院で3分の2の議決を受けて、国民投票に付さなければならないものなのである。

  6月5日、衆院安全法制特別委員会で中谷防衛大臣は、「現在の憲法を、いかにこの法案に適応させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行なっ た」と語った。憲法にあわせて法をつくるのでなく、時の政権によって恣意的につくられる法にあわせて憲法が解釈されてもいいとする閣議決定こそ、立憲主義 を否定するものといわねばならない。安倍政権は、立憲政治を越えてしまうことを承知のうえで、「安保法制」法案を国会へ提出した確信犯なのだ。
  過去の戦争で、第二次世界大戦をはじめ、その大義として掲げられたのはいつの場合でも「平和」であり、「国民の生命・財産」の保護であった。そのためにど れだけの犠牲が強いられたことか。「平和安全法整備法案」といい、「国際平和支援法案」といい、「安保法案」には、誰にでも受け入れられそうな「平和」の 文言がちりばめられている。しかし、安倍首相のもくろみは、「日本が戦争のできる普通の国」にすることだ。彼の「積極的平和主義」など、額面どおり受け取 ることはできないのはいうまでもない。

 私たちは、日本国憲法を法源として障害児・者の個別・具体的な教育権ならびに学習権の拡充を求めて、ここ40数年にわたって運動を推し進めてきた。右のような事態に際して、これを看過するわけにはいかない。まさに「人権と民主主義」の問題だからである。
 私たちは、憲法を平然と踏みにじる政権、戦争をめざす政権に断固としてNO!!を突きつける! 「実現する会」事務局は、「戦争法案」に断固反対する!!

                            2015年7月4日