学校・市教委とどう付き合えばいいか

 国連「障害者の権利条約」がわが国でも発効(2014年2月)し、障害者差別解消法も昨年(2016)4月に施行されて、障害児・者の生活環境は、旧来のあり様から大きく転換するはずでした。しかし、各地から「実現する会」事務局に寄せられる就学・教育相談を見るかぎり、どうもそうとは言えないようです。

 

 最近の就学相談から

 

 この間、東京都、埼玉県、静岡県、岡山県、沖縄県から相談が寄せられています。 
《公立中学校(知的特別支援学級)1年生の女の子の母です。
 担任から「支援員が足りないので、付き添いをお願いします」といわれ困っていました。これって親の役割なのかな? と思い、色々ネット検索していたところ、こちら(「実現する会」ホームページ)にたどりつきました。

 また、こんな相談も。
 《就学(地域の通常学級)自体については大きな拒絶はなくスムーズに許可をいただきました。ただ、支援員については予算がないので、付けられないとのことでした。
 障害者差別解消法の施行にともない、合理的配慮がされるべきなのではと迫りましたが、「当区では、通級や支援級(特別支援学級)が設置されており。それが合理的配慮だ」という教育委員会からの回答でした。
 校長は大変人当たりがよく、障害児教育にも理解があるのか、「お預かりするからにはお子さんが楽しく通えるように、協力していきましょう」といってくださったのですが、具体的には支援員がつかない中でどのようにやっていくのか全く不透明で不安を禁じ得ません。》
 寄せられた相談のほとんどは、学校側から付き添いを求められたというものでした。相談された方のように共稼ぎということであれば、付き添うのは無理。たとえ付き添うことが可能であったとしても、毎日の掃除や洗濯、買い物などの家事、あるいはちよっとした外出もままならず、家庭生活を破壊することにもなりかねません。
 そこで、あらためて就学・学校生活のあり方について考えてみましょう。

 

 学校選択権は
 親(本来的には本人)にある

 

 まずは、地域校就学の基本的な考え方です。学校や市教委との付き合い方を考えるうえでも、ここが出発点となるからです。
 日本国憲法に「教育を受ける権利」〈第26条〉が謳われていることは、よく知られているところでしょう。つまり、教育を受けることは、国民にとって譲り渡すことのできない権利なのです。
 近代社会では権利と義務はメダルの表と裏の関係にあります。しかし、権利と義務とはただ一点において違っているのです。
 たとえば納税の義務をみるなら、スーパーや店頭で品物を買おうとすれば本人の意志にかかわりなく消費税が徴収され、また、給料からは所得税が徴収されてしまいます。つまり、義務というのは、本人の意志にかかわらずその義務をいやおうなく果たさせられてしまうのです。
 それに対して権利はといえば、昨年(2016)、参議院議員選挙がありましたが、わたしたちには選挙権が保障されています。つまり、選挙で投票することは、国民固有の権利といえるでしょう。その選挙に際して、だれに投票するか、またどの政党に投票しようとも、あるいは棄権するというような場合でも、行政からとやかく言われることはありません。
 このように、権利というのは、本人の意志にかかわりなく履行させられてしまう義務とは違って、それをどのように行使するか、あるいは行使しないこともふくめて、権利行使主体者の選択に任されているということにほかならないのです。
 教育についても同じで、地域の通常学級あるいは特別支援学級、特別支援学校のいずれに就学するかは、権利行使主体者の選択に任されているのです。もちろん、その判断ができないお子さんに代わっては、権利代行者である保護者が判断することになるのは言うまでもありません。親(本来的には本人)の学校選択権の法理が導き出されるゆえんです。
 したがって、市教委や学校が、就学を許可するなどということはあってはならず、まして学校にそれを許可するなどといった権限はありません。相談された方の文中に就学について「許可をいただきました」とありますが、そうした市教委の対応は、とんでもないことといえるでしょう。市教委には、保護者から地域校への就学の要望があれば、その意を体して子どもの学籍を措置する責任があるのです。つまり、どのような障害があっても地域校への就学は、当然の権利といえるでしょう。

 

 親は付き添わなけれぱならないか

 

 では、就学に際して、あるいは就学してから市教委や学校側から、付き添いを求められたり、介助員は付けられないと断られたりした場合、どうすればいいのでしょうか。
 学校の門をくぐれば、そこから先は学校の管理下ですから、基本的には学校が責任を持って対応すべきなのは言うまでもありません。また、付き添いや介助員を必要としているのは親ではなく学校側です。必要であれば、学校側が校内でやりくりするか、市教委に介助員を要請するべき性質のものといえるでしょう。
 たとえば昨年、学校側から求められて親が終日付き添っていたケースについて、さいたま市教委と話し合った際、市教委は、「親に付き添う義務はない」とはっきりと言明して介助員を配置しています。また、ほかの場合でも、「校内でやりくりしますので、付き添いはしなくていいです」とも言っていました。
 ですから、付き添いや介助については「学校側でお願いします。私どもは付き添いません」といえばいいことではあるのですが、これから先も学校側と付き合っていくことを考えると、根拠を示してより説得的に話を持っていくのがいいでしょう。
 学校側と話し合っても解決に至らないときは、市教委に話を持っていくことになります。その場合も考え方は同じです。

 

 介助員要求の考え方

 

 会事務局に相談される方に、義務教育って何だと思いますかと尋ねると、「子どもが学校に行く義務でしょう」と答えられる方がいますが、そうではありません。
 子どもの「教育を受ける権利」を保障するために、学校教育法は、保護者にはその保護する子女を小中学校に「就学させる義務」(第17条)を課し、その一方、行政には「学校設置義務」(第38条)を課しています。つまり、「義務教育」の義務とは、保護者ならびに行政の義務、その両方を指していわれているのです。
 あまり聞きなれない言葉ですが、この学校設置義務というのは、単に建物を造ればいいというものではなく、黒板や机の設置などは当然のこととして、図書室や音楽室、パソコンルーム、給食といった施設・設備を整えることもそこには含まれます。そしてそれだけではなく、教員や事務職員の配置、さらには学校に通う子どもたちひとりひとりのニーズに十分応えるための人的・物的措置が求められているのです。スロープを必要としている子どもにはスロープを、介助員を必要としている子どもには介助員の配置をということにほかなりません。

 また、国連「障害者の権利条約」(権利条約)では、障害ある子どもたちの地域校就学を保障するために、「合理的配慮」の提供を行政に義務づけています。

 視覚障害の子には、点字教科書や白状訓練が保障され、聴覚障害の子には、必要であれば手話通訳や筆談が保障される。さまざまな場面で介助や支援が必要な子どもたちに、それを保障することが行政に義務づけられているのです。

 まとめていえば、どのような障害があっても、地域校に就学する権利があることは先に見たとおりですが、「合理的配慮」は、その権利を保障するためにこそ、提供されなければならないということなのです。

 しかし、先の相談者の場合に見られたように、「合理的配慮」として「通級や支援級がある」という区教委の発言は、地域の通常学級に就学する子どもに対して、在籍をそのままに一部教科についてのみ「通級」というのであればまだしも、「支援級」(特別支援学級)に至っては、権利条約の基本精神からほど遠いものといわねばなりません。

 ですから、就学に際して、あるいは就学してから付き添いを求める学校側や市教委の担当者に対して、地域校に就学するのは当然の権利であること。そして、その権利を保障するために必要な介助や支援を提供する義務が学校側や市教委にあることを、その根拠とともにきちんと主張すること。これこそ、最も肝要なことといえるでしょう。

 なお、ここには学校、市教委との付きあい方について、基本的な点についてのみ申し述べましたが、具体的に市教委にどう話を持っていくか、提出する文書についてなど、よりくわしくは、会事務所にご連絡いただけると幸いです。 

 

 宮永 潔