合理的配慮は障害者の権利だ

 今年(2014)1月、「全ての障害者にあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な共有を促進」するとした国連「障害者の権利条約」が、わが国でも批准され、2月19日発効した。障害者の権利伸長の歴史に新たなページを追加するものといえるだろう。
 しかし、その一方、これとはかけ離れた現実があることに私たちは愕然とさせられた。
 石川和樹くん(知的障害、肢体不自由、車いす使用、埼玉県入間市)のご両親から「実現する会」事務局に相談があったのは今年1月下旬のことである。昨年から和樹くんの学区である高倉小学校の特別支援学級就学〈後にエレベーターなどが設置されている隣接学区の黒須小学校に変更〉について入間市教育委員会と話し合いをつづけてきたが、その話し合いがまとまるかと思われた時、市教委から「承諾書」の提出を求められたというのである。その文面は、ご両親としてとうてい承服できるものではなかった。
 そこには「承諾いただく項目」として次のように書かれていた。
 「市の就学支援委員会の判断と異なるため、支援員を配置することはできません。学校で対応できないことは、保護者が対応してください」
 その上で「保護者の支援項目」として、生活面については、「階段の昇り降りや他教室への移動」、「休み時間の安全の確保」、「清掃時の机の移動や掃除の支援」、「校外学習の引率」など。学習面については、「体育、水泳の運動支援」、「図工、絵画や工作の支援」、「生活科
の校外学習の支援」など、あわせて実に24項目にのぼっていた。これでは学校側は何もしないというに等しい。
 しかも、「お願い」として、「授業中は廊下などでの待機をお願いします」、「保護者の方の昼食はご用意ください」というのである。親が一日中子どもに張り付いて、支援するよう求めているのだ。これでは掃除や洗濯、買い物などの日常生活に支障が出るのはいうまでもない。ちょっとした外出すらできないことになってしまう。これが家庭を破壊するものであることを、市教委は想像すらできないのであろうか。
 「実現する会」事務局と相談のうえご両親は、この2月18日、あらためて入間市立黒須小学校への就学を求める〈具体的には特別支援学級に籍を置き、可能な限り通常学級に通う〉「要望書(内容証明郵便)を市教委に提出された。


 「合理的配慮」の提供は。
         社会・公共の義務

 

 あらためて「障害者の権利条約」を見てみうよう。そこでは、「締約国は、障害に基づくいかなる差別もなしに、全ての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する」と謳われているのだ。そしてそれを実現するには、社会・公共の側の「合理的配慮」が不可欠とされているのである。これはつまり、さまざまな場面で支援を必要としている人には、障害があるためにこうむる社会的障壁を克服するうえで、必要な配慮を提供する義務が、社会・公共の側にあるということに他ならない。
 同条約ではあらゆる形態の「障害に基づく差別」を禁じているが、このような「合理的配慮」を提供しなかった場合も差別としている。つまり、「合理的配慮」を受けることは、障害者にとって権利だといえよう。当然のことながら、教育においてもこの「合理的配慮」は提供されなければならないとされている。
 この点から、先の入間市教委が出してきた「承諾書」を見るなら、そこに書かれた内容は、すべてこの「合理的配慮」にかかわるものであり、行政の側において提供されなければならない内容といえるだろう。
 なお、「合理的配慮」は、「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」とされているが、それの提供を受けることが障害者の権利である以上、「均衡を失した」あるいは「過度の負担」であるかどうかを、行政の側が一方的に判断するなどあってはならないことといわねばならない。


 市教委は「承諾書」を撤回

 入間市教委との話し合いがもたれたのは、2月28日のこと。ご両親と「実現する会」から山田英造、宮永潔、石川愛子の三事務局員が出席。市教委からは、野口学校教育課長ほか2名が応対した。
 話し合いでは「承諾書」問題に多くの時間が費やされるところとなった。市教委は、そこに書かれている内容については、就学相談のなかで両親に了解を得たものだという。
 しかし、そうであったとしても「通学時の送り迎え」以外の項目は、行政が親に求める内容ではない。公務員は国民の権利や幸せを守るのが仕事といえよう。教育についていえば、そのために学校教育法は、行政に学校設置義務を課している。これはたんに学校をつくり施設設備を整えればそれで終わりというものではない。当然のことながら教員を配置し、必要であれば介助員などの人的資源も整えなければならないことを意味している。いわば、子ども一人ひとりについて、十分な教
育環境を保障することが行政に求められているのである。先に見た「障害者の権利条約」にいう「合理的配慮」もこれに連なるものといえるだろう。こうした配慮を適切に実行しないなら、障害者差別とのそしりは免れない。
 また、就学相談での応答は、市教委のいうことを受け入れなければ子どもの就学がスムーズに決まらないのでは、と心配するのが親であり、そうした場面では承諾する以外に選択肢はないではないか。「私たちはそういう方向に誘導されていた」とお父さん。
 このような私たちの懇切な説明に、教育長権限を代行して応対した野口課長は、「ご指摘の通りだと思います」と答えた。「では、この承諾書は撤回されるのですね」との私たちの問いかけに、課長は撤回を約束した。
 こうしてようやく次の課題に話は移った。ご両親は当初、学区にあたる高倉小学校への就学を考えていたが、市教委のすすめもあって隣接学区の黒須小学校を見学したところ、そこにはエレベーターも設置されていて、特別支援学級の雰囲気も和樹くんにあっているのではないかと考えたのである。あわせて、可能なかぎり通常学級との交流ももとめられた。これについて野口課長は、「就学先については、最終的には保護者が決める」と応じてくれた。また、通常学級での宿泊をともなう行事についても和樹くんには参加する権利があり、それらについて親は付き添う義務はなく、参加の仕方については、学校側と親とが話し合ってすすめることも市教委は了解した。
 しかし、「合理的配慮」にもとづく物的、人的配慮については、市教委として今後検討するという。そのため、今後も話し合いを継続することとなったが、検討にあたっては、行政の都合ではなく、子どもの「最善の利益」こそ優先されるべきことはいうまでもない。
 以下に、今回の話し合いの確認事項をまとめて市教委に提出した「石川和樹くんの入間市立黒須小学校就学にかんする話し合いメモ」(内容証明郵便)を掲載する。話し合いをそのままに終わらせるのではなく、次の話し合いの基礎を築くものとして、参考にしていただけると幸いである。    


宮永 潔

 

 

 


 石川和樹くんの入間市立黒須小学校就学にかんする話し合いメモ


 本年(二〇一四年)二月二八日、石川和樹くんの入間市立黒須小学校就学問題について、保護者石川稔巳・由香ならびに障害者の教育権を実現する会事務局総務山田英造、宮永潔、石川愛子と、貴教委学校教育課長野口隆司(貴職の権限代行者)他二名との間に話し合いを持ちました。
 今後の話し合いがスムーズに進められるよう、念のためこの日の話し合いで了解されたこと、ならびに若干の補足説明を以下、簡潔に列記します。


        記
一 和樹くんが学校生活を送るに際して、学校での付き添いや支援を両親に求める事項を列記した「承諾書」については、貴教委からこれを「撤回する」との回答がありました。
 学校教育法三八条の「学校設置義務」ならびに「障害者の権利に関する条約」五条の「合理的配慮」にかんする定めに則り、子ども本人の「最善の利益」を満足させる方向で、人的、物的な条件整備を行うことは、行政の政務の責務に他なりません。また九年間の義務教育を受けることが子ども本人にとってかけがえのない権利である以上、就学に際して条件をつけるなど、あってはならないことであります。

二 隣接学区の入間市立黒須小学校の特別支援学級に学籍を置きながら、可能なかぎり通常学級と交流させたいとの保護者の意志について、貴教委はこれを了解するとともに、就学通知を至急送付する旨の回答を行いました。また就学後も和樹くんの学校生活を見守っていく旨、貴教委から表明されました。

三 和樹くんの学校生活を実りあるものにするための人的、物的条件設備については、当日の話し合いを踏まえて検討するとの回答がありました。
 和樹くんに必要な「合理的配慮」についていえば、たとえば排泄や食事の際の配慮、その他について両親から詳しく説明がありましたが、そうした支援活動そのものが教育活動でもある旨、申し上げたことを付言しておきます。

四 旅行的行事が学校教育の一環として行われる以上、たとえ特別支援学級に籍があったとしても、交流先の通常学級の一員であることは変わりがないのですから、和樹くんには当然参加する権利があります。
 その参加の仕方については、本人の利益が最優先される方向で行なわれるべきであり、またそれについては学校側と両親が十分に話し合って進められることについて、貴教委からこれを了解する旨の回答を得ました。

五 人的、物的条件設備については、貴教委としてこれから検討するということもあり、必要であれば今後とも話し合いを継続することを双方で了解しました。
 なお、右、了解事項については、一言一句その通りではありませんが、その趣旨を踏まえて文章化されたものであることを申し添ええます。もしこれについて重大な誤解や異議があれば書面にてお知らせ願います。

 二〇一四年三月六日
          (住所略)


              石川 稔巳(印)
              石川 由香(印)
 さいたま市浦和区常盤 九 - 一〇 - 一三
 ライオンズマンション浦和常盤二〇四
     障害者の教育権を実現する会
        事務局総務 山田 英造(印)

 

入間市豊岡一丁目一六番一号
入間市教育委員会
教育長 村野 志朗様