介助・付添いは一切行わない所存す                  --Aさん(肢体不自由・車いす使用)の場合 

 

 6月下旬のある日、事務所で当番の事務をとっていると、電話のベルが鳴った。
 「○○と申します。インターネットで、貴会を見つけて、相談にのっていただきたいのですが・…」
 肢体不自由で車いすの娘さんの移動介助で、学校に何往復もしているが、もう限界という、親御さんからの悲痛のような訴えだった。その1か月ぐらい前にさいたま市の小学校に通う車イス児童の相談にのっているところ(「こうして付き添いをやめた」本紙前号掲載)なのに、また同じさいたま市の車イスの中学生の介助問題刺‥ 長い会活動のなかで、つづけて同じ市を相手に交渉というのはなかったことだ。
 「障害者の権利条約」も批准されたというのに、この現実。さいたま市は10年以上前に浦和・大宮・与野の各市が、そしてその後・岩槻市が合併してできた。それまで障害児・者にかかわる運動のなかった市域では、教員や保護者の意識が変わっていないようである。制度はできても20年前、いや40年前といっこうに変わってない。
 A
さんはさいたま市立△中学校の1年生。小学校は、不本意ながら肢体不自由の特別支援学校に通っていたが、教師と1対1で勉強するような学校生活で、これでは社会性が育たないと考えられた両親は、Aさんとも相談のうえ、中学校は地元の中学で学ばせることを決意された。

 その意志を教育委員会担当者に伝えたところ、中学校に就学することにはなったものの、階段昇降機がつくまでは、親御さんが移動介助はやってくれといわれ、お母さんが、パートの仕事をやめて学校に通うことになった。しかし、中学校では教室移動も多いことから1日に4、5回学校と自宅を往復することになり、家事も思うようにはできない。高校生の姉の懇談会にも出られず、家庭生活に支障をきたしているのだという。夏休み中には階段昇降機が付くと言われていたのに、いっこうにその気配もなかった。
 学校生活は、学校が責任を持つのが基本。障害者の権利条約で謳われている「合理的配慮」の提供は、行政・学校の義務なのに、移動介助は親任せにして、むしろ手を出さない状況だ。お母さんが、会のホームページに載っていた他の人の要望書を学級担任に見せたところ、あわてて市教育委員会の担当者が学校に来るなどの動きもあったという。
 7月6日、今後どうすればいいのか。両親とAさんそろって「実現する会」事務所にて相談する。
 まず、要望書づくりから始まった。親御さんと会との間で何度もメールでやり取りしたうえで、8月13日、「2学期以降、介助付き添いは一切行わない所存です」と明記した市教委宛て「要望書」を、両親は内容証明郵便で送られた。
 2学期も始まろうという8月26日、Aさんと市教委の話し合いが設定され、その日は両親だけで話し合いに臨まれたが、そこでは、階段昇降機は2学期早々に設置すること。
 「学校内での介助は学校でするよう市教委として指導」するとして、「具体的には学校と両親で話し合う」ことを双方で了解。
 8月30日の階段昇降機の試運転では、車イスから昇降機の乗り換えは、Aさんが自分でできることも確認できた。
 両親と校長との話し合いが持たれたのは、9月3日のこと。両親は、校長から何をいわれるのか心配されていた。校長は、「校内介助は学校で、両親は送り迎えを」という。そこまではよかったのだが、それに加えて「生理の世話まで職員に命ずることはできない」というのである。もちろん女性教員もいるし、スクールアシスタントも女性なのだが、生理はトイレ介助ではないとでもいうのだろうか。血液が心配なら、ゴム手袋をすれば済むことなのに。そこに、根強い生理への偏見、女性蔑視を感じる。
 「Aちゃんはふきとりもできるので介助は下着へのはりつけだけなのに、それもできないっていうの?」わたしは電話口でおもわず大声になっていた。
 お母さんは、先輩お母さんに相談してタンポン使用ということで妥協された。
 2学期、お母さんが学校に行かなくなって、教室移動は、副担任の先生やスクールアシスタントがやることになり、Aさんは友だちとの会話も増えたという。お母さん抜きで生活し始めた心さん、ますます成長されることだろう。お母さんもパートの仕事に復帰されたという。
 以下、8月13日に両親が市教委宛てに送付された要望書(内容証明付き郵便)を掲載する。参考にしていただけると幸いである。
                               (石川愛子)

 

 

  要 望 書

 

 次女Aは現在、さいたま市立中学校の一年生に在籍しています。
 Aはダンディーウォーカー症候群の合併症で股関節脱臼、両足の内反足、関節拘縮症などによる身体障害があります。両手は指の関節が固いため、少し不器用ではありますが、着替えや文字を書くこと、ならびに友だちとのコミュニケーションなどについては特段問題はありません。しかし、上述の通り身体障害があることから自分の足で歩くことが出来ないため、車いすを使用しています。
 今年四月、さいたま市立○○特別支援学校から市立中学校への進学に際して、階段昇降機が設置されるまでの間、教室移動の際は親が支援するようにと学校側から要請されました。その時は、直ぐに設置されるものとの思いから承諾したのですが、一学期を過ぎた今にいたるも、設置される詳細な日付などの説明はありません。
 また、階段昇降機が設置されたとしても、それへの乗り降ろしや教室移動の支援は欠かせないところです。
 一学期中は、日によっては五回も学校に通う日もあり、これが家庭生活に及ぼす影響をご想像いただきたく存じます。
 ご承知のように、学校教育法第三八条に定められている「学校設置義務」は、介助職員の配置を含め、一人ひとりの子どもに十分な教育環境を整えることを市区町村に義務付けています。言い換えれば、心の「学ぶ権利」を保障する責任と義務が、教育行政の任に当たる貴職にあるということに他なりません。また、「子どもの権利条約」第一八条には、国や地方自治体は、「親と法定保護者が子どもを育てる責任を遂行する時に適切な援助を差し伸べる」とともに、子どもに対して「施設、設備、サービスの発展という形で必要なケアを保障しなければならない」ことが謳われています。
 さらには、二〇一四年にわが国においても批准・発効した「障害者の権利条約」では、障害を持つ人々にたいして「合理的配慮」の提供を社会・公共の側に義務づけています。教育だけが例外ということは出来ません。したがって、私どもは、第一次的養育責任者として、心本人の「最善の利益」を考慮して、二学期からの心の教室移動について・、必要であれば支援員を配置するなど、速やかな改善を求めるものです。
 学校生活における心の障害に応じた必要な配慮や援助は、行政もしくは学校側の責任においてなされるべきであるのは申し上げるまでもないことでしょう。
 また、二学期以降、介助・付き添いを一切行なわない所存であることをあわせてお伝えします。

     記

一 私どもは、Aが市立○○特別支援学校を卒業するにあたり、地域の多くの友だちと学ぶことで、将来社会に出ていくときに必要となる=ミュニケーションカを育てて行きたいと考え、次へのステップとして、さいたま市立中学校の入学を希望しました。貴教育委員会(就学支援委員会)からは、「○○特別支援学校の中等部に入学する事が妥当です」と伝えられました。ですが、私どもは、Aにとって最も大切なことは、地域のたくさんのお友だちと過ごすことが出来る地域の中学校への入学を考えていましたので、さいたま市立中学校に入学させることとし、今に至っています。
 現在、Aは初めての集団生活ということもあり、友だち関係、勉強と毎日悩みながら、必死で頑張っています。担任の先生に本当に熱心に心に目をかけて頂いていることも、よく承知しているところです。
 体育以外の授業では、他の子どもたちと変わらず、全く同じ授業内容を受けています。体育の授業では私どもが学校にお願いして、Aができる内容については授業を受け、出来ない内容の場合は、心が現在練習しているクラッチ(松葉杖のようなもの)の練習を行っています。
 他の子供たちと同じように出来ないことで、うまくコミュニケーションが取れなかったり、親が付いていることから友達と話す時間があまり取れないために、一人取り残されたりすることもあり、家に帰ると泣いてしまうこともありましたが、担任の先生が心の話をよく聞いてくださり、前向きに学校に通うことが出来ています。運動会にはクラスメイトが車いすを押してクラス対抗リレーにも出場し、今までには無かった充実した時間を過ごしています。


二 Aは車いすを自分の足代わりに利用していますが、中学校には車椅子用の施設がないため、毎朝、親が学校に連れて行き、Aの教室がある二階まで抱きかかえて階段を上り、学校用にと私どもが新しく購入した車椅子に乗せ教室まで移動します。

-中略-

 授業では体育が週に三時限、音楽が二時限、美術が一時限、家庭科が一時限、合計七〜八時限の教室移動があります。週にすると登下校の送り迎えを別にして、体育館や校庭、それぞれの教室に移動するために階段昇降を含めて往復一四〜一六回移動支援を行っていることになります。
 またスクールアシスタントが特別支援学級も受け持っていることから、トイレ介助の手伝いができないときもあり、親だけでは娘の移動と、車いすの移動が同時にできないため、Aがトイレを我慢しなければならない場合もありました。そのため、親があらかじめAに「○時間目が終わったら来るからね」と、トイレ介助のために学校に行くこともたびたびありました。
 高一の長女の懇談会にも行事にも参加できない状態が続き、買い物や洗濯などの家事の際にも、学校の。時間割や娘のトイレのことなどを常に意識し、「あっ、学校に行かなきや」という生活が、どれだけ家族や家庭生活を困難にしているか、よくよくご想像いただきたく存じます。
 また、このような親の介助を継続することは、親への依存心を惹起させ、A本人の自立を促すどころか、かえってそれを妨げかねないものと考えます。

三 日本国憲法第二六条には「教育をうける権利」が謳われていますこれは国民の譲り渡すことのできない権利といえるでしょう。その権利を保障するために学校教育法は、保護者にその保護する子女を小中学校に「就学させる義務」 (第一七条)を課し、他方、行政には「学校設置義務」 (第三八条) (教育サービスの提供も含む)を課しています。
 行政の側には、その地域の車いすを利用する子どもにとって、必要な施設、設備の整備と、必要な人的配置(教職員の配置)を行い、子どもたちの学ぶ権利を満足させるような人的、物的資源を整える必要があるということに他なりません。
 日本政府は、一九九四年に「子どもの権利条約」を批准しました。この条約は、国内法に優位する国際条約であります。
 同第三条には「子どもに関するすべての活動において、子どもの最善の利益が第一次的に考慮されるべき」であると謳われています。これは保護者のみならず行政の側に対しても求められるのは当然といえるでしょう。
 また、同第一八条では、「親と法廷保護者が子どもを育てる責任を遂行する時に適切な援助を差し伸べる」義務を、行政の側に課しています。と同時に、「教育を受ける権利」の主体である子どもに対して、「施設、整備、サービスの発展という形で必要なケアを保障」する義務をも行政の側に課しています。
 二〇一四年、国連「障害者の権利に関する条約」が批准されました。この条約では、「障害に基づくいかなる差別もなしに、全ての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する」 (第四条)と謳われています。それにともなって社会・公共の側の「合理的配慮」が不可欠とされているのです。
 この「合理的配慮」とは、さまざまな場面で支援を求める人には、障害があるためにこうむる社会的障壁を克服するうえで必要な配慮を、社会・公共の側が提供する義務があるという意味に他なりません。また、同条約では、あらゆる形態の「障害に基づく差別」を禁じていますが、右に述べた「合理的配慮」を提供しなかった場合もまた差別としていることが考慮されなければなりません。当然ながら、教育においても、この「合理的配慮」は提供されるべきとされています(第二十四条)。すなわち、その「合理的配慮」を受けることは、障害者にとって権利なのです。
 なお日本国憲法は、地方自治体をふくむ行政諸機関にたいし、国際条約や国際法規を「誠実に遵守することを必要とする」 (九十八条)と定めています。つまり、「児童の権利に関する条約」も「障害者の権利に関する条約」もともに、国内法として受容されているのであり、他の法律よりも優先される性質のものなのです。
 -中略-

付記
 本要望書は、私どももその会員である、障害を持つ子供の適正な就学を保障するべく、全国に運動をすすめている「障害者の教育権を実現する会」の事務局とも相談のうえ文書化されたものであります。
 また、本要望者は、必要に応じて公開されるものであることを申し添えます。

二〇一五年八月一三日
       住所(略)  A両親

埼玉県さいたま市浦和区常盤6丁目4-4
さいたま市教育委員会
教育長 稲葉康久様